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2019年11月 8日 (金)

楊貴妃観音堂と雲龍院 2019

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の戒光寺と新善光寺を出て、泉涌寺の大門をくぐると左に楊貴妃観音堂への入口があります。

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観音堂には六羅漢像の中央に聖観音像(重文)が安置されています。聖観音像は、湛海律師が寛喜2年(1230)月蓋長者像・韋駄天像などとともに中国・南宋から持ち帰りました。 

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その像容の美しさから、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造顕したとの伝承を生み、江戸時代はじめころから楊貴妃観音と呼ばれ信仰されてきました。 美人祈願、縁結び、安産のご利益があるとされます。

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宝相華唐草透かし彫りの宝冠、手に宝相華を持ち、彩色が鮮やかで、生きているように端坐する姿は、楊貴妃の名にふさわしい像といわれています。下はパンフレットからの転載です。

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Ⅹ線調査により、楊貴妃観音像の胎内に五輪塔があることが確認され、さらに五輪塔内部には3粒の仏舎利と思われるものが写っていたそうです。観音堂の横には「願掛け地蔵」。

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かって楊貴妃観音像は百年に一度開帳される秘仏でしたが、昭和31年(1956)から一般公開されています。小さいながらも、おみくじや絵馬の掛け所があります。

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ところで、755年安史の乱により洛陽が陥落、玄宗皇帝が楊貴妃などを伴って落ち延びるとき、兵士たちは乱の原因として楊貴妃を殺害することを要求しました。 皇帝はかばいましたが、楊貴妃は自ら死を選んだといわれています。

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日本では、楊貴妃は死んではおらず山口県の向津具半島に落ち延びたという伝承があるそうです。しかし、楊貴妃はすぐに亡くなり玄宗皇帝の夢に現れました。

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皇帝は楊貴妃の霊を弔うため、臣下に仏像を持たせ日本へ向かわせ、それらが清涼寺と楊貴妃の墓がある久津の天請寺、泉涌寺に残っているという伝承です。(観音堂の横に小さな重森三玲風の枯山水があります。)

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一方、中国では楊貴妃の死後から近代にいたるまで様々な記録や文学に取り上げられ、傾城の美女として批判されました。しかし、現代では政治に介入せず、大規模な土木工事などの贅沢もなく、他の后妃への迫害もなかったと判明しているそうです。

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「心照殿」、泉涌寺の宝物館でその名は、開山の月輪大師が中御門天皇から賜った加号「大円覚心照国師」から拝借。開山の書、歴代天皇の尊影(肖像画)、遺品、什宝物、仏画、古文書などを入れ替えて企画展をしています。右に「楊貴妃桜」が植えられています。

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11月は「天皇の御尊影と皇室の御宝物」。泉涌寺では仁治3年(1242)の四条天皇以来多くの天皇の葬儀が行われ、皇室の菩提寺となりました。所蔵の歴代天皇の御尊影や宝物を通して「御寺泉涌寺」の歴史や華やかな宮廷文化の一端を見ることができます。

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楊貴妃観音堂から泉涌寺の下り参道を横切って、向かいの斜面に行きます。

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右手の石段の上には、先日紹介した経蔵があります。左の道は雲龍院への参道で、大門の手前からも参道があります。

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「雲龍院」は拝観寺院ですが、今回は門の前までにしました。しばらく参道を上ると、山門が見えてきます。ここは泉涌寺の境内の中でも一番高い場所です。

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「雲龍院」は南北朝時代の北朝第四代・後光厳天皇の勅願で創建され、真言宗泉涌寺派の別格本山、泉涌寺の別院でもあります。

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本堂・龍華殿に安置されている本尊・薬師三尊像は、西国薬師霊場四十番札所になっています。

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皇室との縁が深く、江戸時代にはしばしば下賜金を賜り諸堂の修理を行い、光格天皇の皇妃を始め、仁孝天皇両皇女、孝明天皇の両皇女を葬り奉り、玄関、方丈、勅使門(下)を賜りました。

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もう一度大門の前に戻り、残りの塔頭を訪ね歩きます。

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コメント

楊貴妃観音堂は、楊貴妃というだけあって、
やっぱり綺麗ですよね。
胎内には、五輪塔というのが入っているのですね。
いろんな観音像をX線調査すると、
まだまだ新発見なんかもあるかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2019年11月 8日 (金) 12:47

私も、美人はすきです。楊貴妃の冥福を祈りました。

投稿: 龍ちゃん | 2019年11月 8日 (金) 21:11

★munixyuさん こんばんは♪
実は五輪塔は中国に遺物がないそうです。かってはインドが発祥で、仏舎利を入れたとされていました。しかし、最近の研究では日本で考案されたのではないかと考えられているそうです。そうなると、ちょっと謎が残りますね。

投稿: りせ | 2019年11月 8日 (金) 22:57

★龍ちゃん こんばんは♪
絶世の美人で皇帝に愛されたとなれば、様々なことをいわれるものですね。千数百年経ってようやく、身の潔白が証明されたことになります。

投稿: りせ | 2019年11月 8日 (金) 23:04

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