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2019年11月25日 (月)

槙尾山・西明寺 2019紅葉

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

高山寺を出て、周山街道を歩いて清滝川にかかる「指月橋」に来ました。右に「槇尾山聖天堂」の石標があり、橋を渡ったところに西明寺の拝観受付があります。

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橋の上から見た清滝川の紅葉は見頃で、上流側(下の写真)には茶店「指月亭」があります。

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「西明寺」は、山号を槙尾(まきお)山、院号を平等心王院という、真言宗大覚寺派の準別格本山です。(拝観受付を過ぎると急な石段がありますが、数分で境内に着きます。)

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下の石碑「大界外相(だいかいげそう)」とは、俗世間と聖域の境界(結界)のことだそうです。この時は、日向と影とのコントラストが強すぎて、写真が見にくいかも知れません。

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「表門」(市指定有形文化財)は、江戸時代の元禄13年(1700)に桂昌院の寄進により建立された一間薬医門です。薬医門は2本の本柱の背後に控え柱を立て、切妻屋根を載せた門のことです。

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「西明寺」は、平安時代前期の天長年間(824-834)、空海の弟子で甥の智泉大徳(789-825)が開創した神護寺の別院が始まりといわれています。「本堂」も表門と同年に建立され、市指定有形文化財。

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表門を入った右手にある「聖天(しょうでん)堂」 祀られている大聖歓喜天は、仏法を守護し、 仏道を行ずる人々を守護する神様で、夫婦和合の神でもあります。

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その後西明寺は荒廃しましたが、鎌倉時代中期の建治年間(1275-1278)、和泉国槙尾山寺の我宝自性(じしょう)上人が中興、出家者の律院としました。律院は戒律を厳守する寺、すなわち修行道場のことです。

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本尊の釈迦如来像(重文)は、鎌倉時代の仏師・運慶が清凉寺の釈迦如来像を模して作ったといわれています。脇侍に十一面千手観世音菩薩像(重文)、脇陣に愛染明王像が祀られています。(本堂から苔庭を)

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1288年には後宇多天皇から平等心王院の院号を賜り、1290年に神護寺から独立しました。(本堂から聖天堂への渡り廊下、かってはこの下をぐくり修行の滝や斜面にある鎮守社に行けました。)

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室町時代の永禄年間(1558-1570)兵火により焼失し、その後再び神護寺に合併されました。(本堂から客殿への渡り廊下から)

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安土桃山時代の1602年、明忍律師(1576-1610)により再興され、真言律宗の本寺(本山)となりました。(山側には小さな池があります。)

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「客殿」は本堂より古く、江戸時代前期に移築されました。当時は食堂と称し、僧侶の生活や戒律の道場として使用されたそうです。

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江戸時代の1700年、第5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院(1627-1705)の帰依により再建されたといわれますが、後水尾天皇中宮・東福門院(1607-1678)の寄進という説もあります。

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客殿ではお茶とお菓子を頂けます。「八重」は焼菓子で、上品な甘みのこしあんを、もちもちした食感の生地で包んで、焼き上げたそうです。

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境内に下ります。本堂前にある背が高い木は高野槇で、樹齢700年の日本最古とされます。鎌倉時代の中興の祖・自性上人の手植えともいわれています。

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根本には自性上人の歌碑があります。「白露のおのが姿をそのままに紅葉におけば紅の玉」

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「鐘楼」 元禄時代(1688-1704)の造営で、梵鐘には月潭道澄(1636~1713)の銘文が刻まれています。時を告げる鐘として、毎朝・毎夕に打ち鳴らされ、鐘の音が周囲の山々に染み入るように響くそうです。

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戦後の昭和22年(1949)、戦時中に結成された大真言宗が解消され真言宗大覚寺派が独立したのにともない、西明寺は準別格本山として真言宗大覚寺派に属するようになりました。

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境内の奥に行きます。

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「阿育王石柱」 作者の石像彫刻家・小松寅吉は、狛犬(獅子像)彫刻を芸術にまで高めた名工といわれます。私の写真から小松寅吉最晩年の作品が西明寺にあることが確認され、ちょっと嬉しい経験をしました。

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阿育王とはインド・マウリヤ朝の君主(在位BC268~232年頃)のアショーカ王です。王になると熱心な仏教信者となり、粗暴な行いを悔いて法による統治に改めました。(客殿と寺務所の間にある「心字池」には紅葉が埋まっています。)

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ブッダゆかりの聖地に何本もの石柱を建てました。最も有名なのはネパールのルンビニにあり、碑文から釈迦が実在の人物でこの村に生まれたことが証明されたそうです。ここから表門に戻ります。

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ルンビニの石柱には4頭の馬が乗っていましたが、現在では破片しか残っていません。小松寅吉はこの4頭の馬を再現したようです。

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コメント

いい紅葉ですよね。
こういうところで、お茶とお菓子をいただきながら
ゆっくりするのが、一番いい時間なのかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2019年11月25日 (月) 13:15

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