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2019年11月12日 (火)

松尾大社 松風苑三庭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事につづいて、松尾大社の庭園を拝観しました。庭園の入口付近にある「祓戸(はらえど)大神」、心の穢れを祓い、身に付いた悪運、悪縁、病が取払われ、心身を清めて生きる力も再生するという神です。

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下の写真の奥に拝観受付があり、そこから右に入ります。重森三玲が作庭した「松風苑」は、四国・吉野川産の青石(緑泥片岩)を200余個用いて昭和50年に完成、昭和を代表する現代庭園といわれます。

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松風苑のひとつ「曲水の庭」は、王朝文化華やかなりし平安貴族の人々が、慣れ親しんだ雅遊の場を表現したものです。その頃、当社は都を守る西の「松尾の猛霊」と崇められて隆盛を極めていました。

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この庭は、当時の時代背景を顕わして、艶やかな中にも気高い当時の面影を内に秘めて、しかも極めて現代風に作庭されています。向うの建物「葵殿」は結婚式場です。

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左の建物は「神像館」、平安初期に造られた三体の重要文化財をはじめ、21の神像が収められています。

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滑らかな曲線を基調に、洗練されたデザインで鑓水が表現されています。かなりの水量が流れています。

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「上古(じょうこ)の庭」 上古の時代には神社も社殿もなく、山中の巨岩などが神霊のやどる聖地とされ、磐座(いわくら)と呼んでいました。松尾大社でも後方の松尾山頂上近くにある磐座で祭祀が営まれていました。

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その古代祭祀の場を模して造られたのがこの庭で、中央の二つの巨石は松尾大社の祭神の男女2神を表し、その後方の岩は随従する神々を表します。また一面に植えられているミヤコ笹は高山の趣を表現しているそうです。

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「磐座登拝口」 特に希望する場合は、神社の許可を得てここから磐座に上ることができます。ただし、人数、時間、服装、携帯品などの制約や登拝の心得を守らなければななりません。

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拝観順路は神像館、葵殿の裏を通り、いったん拝観区域の外に出ます。山の斜面には昨年の台風による倒木がかなり見られました。TOPの写真はこのあたりからで、曲水の庭が垣間見えます。

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斜面の取水槽には「松尾大社 献茶会、珈琲処 松楽館」と書いてあります。献茶会は毎月第1日曜日に催され、釜は裏千家社中と表千家社中が輪番で懸けられます。松楽館は二の鳥居の傍にあります。

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左の三宮社は山城国開拓の功労神・玉依姫命を祀り、右の四大神社(しののおおかみのやしろ)は四季それぞれの神・春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神を祀り、一年を通じて平安を司ります。

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松尾山は七つの谷を持っていますが、この大杉谷の御手洗川に霊亀の滝があります。元正天皇の和銅7年(714)8月、「首に三つの星を戴き、背に七星を負い、前足に離の卦を顕わし、後足に一支あり、尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀」が現れました。

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「離の卦」は横三本線の中央が欠けている印で、二陽が一陰を囲み、外に陽気が発散するとされます。これを朝廷に奉納すると、元正天皇は「嘉瑞なり」と、翌年元号を「霊亀」へと改め、亀は再び元の谷に放たれたといいます。

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嘉瑞(かずい)とはめでたいしるし(吉兆)のことです。上の写真の左の岩肌に天狗の顔があります。

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霊亀の滝の下流に「亀の井」という霊泉があります。酒造家はこの水を酒の元水として造り水に混ぜて用い、また「延命長寿」、「蘇り」の水としても有名だそうです。

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また、茶道や書道の水あるいは家庭用水として、早朝から開門と同時に汲みに来られる方もいるそうです。

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実は、奈良時代には他に3度も亀を理由に改元されています。めでたい白い亀が献上され「神亀」と「宝亀」、甲羅に「天王貴平知百年」という文字がある亀が献上され「天平」という元号になりました。

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「うま酒に神の韻ある初泉」 作者の桂樟蹊子(しょうけいし、1909-1993)は、京都生まれ、京都帝国大学農学部卒、京都府立大学名誉教授。水原秋櫻子に俳句を学び、京都馬酔木会を結成、俳誌「学苑(霜林)」主宰。

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こから境内を横切り、三番目の庭園に向かいます。向うの中門を出た正面にある茶店の裏が入口です。

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「蓬莱の庭」は重森三玲、最晩年の作です。池の奥に滝が流れ、園路は池の周囲を一周します。蓬莱とは不老不死の仙界の意味で、その島にあこがれる蓬莱思想が鎌倉時代に流行し、作庭のテーマに採用されて来ました。

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下の亀は焼き物ですが、水の中には鯉や亀が泳いでいました。

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松尾大社は、鎌倉時代以降将軍・源頼朝を始め、豊臣秀吉、徳川幕府など武家にも崇敬され、明治維新まで続きました。中央の池に立つ石が蓬莱の島を表しています。

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この庭は、そのような鎌倉期に代表される池泉回遊式庭園を取り入れ、全体が羽を広げた鶴を形どっているそうです。全体の形は、上から見ないと分かりませんが。

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池の畔の建物では結婚式の披露宴や先ほどの献茶会が催されます。

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コメント

生命感の少ない不思議な庭ですね。
緑があったりして、凝っているのに、
なにもない石庭よりも寂しいような気がします。
庭の世界は、奥が深いですよね。

投稿: munixyu | 2019年11月12日 (火) 14:34

★munixyuさん こんばんは♪
三玲の庭は力強く切り立った石組みが特徴的ですね。三玲は全国500の庭園を実測調査して、庭園史の研究の先駆けでもあるそうです。全国の名園を知り尽くした上で、現代的な庭を追及したのでしょう。

投稿: りせ | 2019年11月13日 (水) 02:16

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