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2019年10月 5日 (土)

流れ橋 建設の経緯と構造

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の石田神社の参道を木津川の方に行くと、土手に石段が設けられ、右には土手に上がる坂道(道路)もあります。

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土手の上には舗装された道路が走っていて、下流にある新上津屋大橋に続いています。左手前には休憩スペースがあり、屋根の付いたベンチや案内板があります。

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左岸の河川敷は碾(てん)茶の茶畑になっています。碾茶は蒸し製緑茶の一種で粉末にしたのが抹茶です。昔から「覆下(おおいした)二十日」といわれ、20日以上の期間、茶園を黒いビニールシートなどで覆います。

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その期間遮光することで葉肉が薄く柔らかくなり、渋味成分が少なく、旨み成分の多い茶葉になるそうです。この日は覆いは外されていました。

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「上津屋(こうづや)橋」は京都府道281号八幡城陽線が木津川を渡る道路橋です。川が増水すると橋桁が流される構造なので「流れ橋」と呼ばれます。橋のたもとにはたくさんの注意書きがあります。

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注意書きは、自転車・バイクは押して渡る、橋の中央を歩くという内容です。全長は356m、幅は3mで木橋としては日本最長級だそうです。橋には欄干がなく、橋げたにはワイヤロープがつけられています。

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昨日の記事のように、こちら側と対岸には上津屋村という一つの集落があり、戦後までこの場所には府営の渡船場がありました。昭和26年(1951)3月に渡し船が廃止されました。

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当時永久橋を架ける予算がなく、かといって普通の木造橋では増水の度に流されてしまうので、昭和28年(1953)少ない予算で架橋できる流れ橋が架けられました。

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仮設から現在(2019年10月5日)まで計22回流され、復旧するまでの数か月は他の橋に迂回する必要がありました。また、経済的な橋といっても、一度の復旧に数千万円の経費が必要だそうです。(振り返って)

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平成26(2014)8月の台風のときには4年連続で通算21回目の流出があり、その直後から流れ橋を存廃するかの論議が始まりました。 1年以上にわたる検討委員会での審議の過程で、地元からは署名など復旧・存続の運動が起きました。

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永久橋の建設には多大の費用が必要で、2013年の流出では近くにある交流プラザ「四季彩館」の来場者が大幅に増加するなど、流れ橋が観光の大きな要素となっていることなども指摘されました。

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近隣に新木津川大橋が開通したため、流されている期間中も生活への影響が少なく、意見公募では約8割が現在の景観を残したまま流れ橋を復旧することを望みました。(ここから引き返します。)

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結局「流れ過ぎない」流れ橋に変更することになりました。橋脚にはコンクリート製を導入、橋面を75cmかさ上げする。木部は北山杉を使用し、コンクリートは目立たないように彩色を落として外観を重視するなどです。

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一昨年(2017年)10月の台風21号に伴う大雨によって新しい橋桁が流出、翌2018年6月に復旧しました。

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橋のたもとに流れ橋の仕組みを説明した看板があります。橋桁と橋板は39枚からなり、その3枚ずつが一組となってワイヤーロープで橋脚に固定されています。

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こちら側(南)の川は広い川洲になっていて、砂地に様々な植物が自生しています。

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下から見ると、三枚の橋板毎に長いワイヤロープが垂れ下がって橋脚に取り付けられているのが分かります。橋脚は3本一組で39個所にあり、鉄筋コンクリートですが外観は木製に見えます。

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隣り合う橋板は、橋脚の上部にある一つの丸太に乗っています。そのため、橋板の下の長い添え木が櫛の歯の様に互いにかみ合っています。橋脚の上部の丸太の支えもコンクリート製です。

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ところで、流れ橋は時代劇のロケ地としても知られ、現在までに年平均で7回、最大で年24回の撮影に利用されたそうです。 UMA(未確認動物)のような流木がありました。

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古くは、丹下左膳や眠狂四郎、燃えよ剣、遠山の金さん捕物帳などから、新しいところでは暴れん坊将軍、水戸黄門、鬼平犯科帳、必殺仕事人、雲霧仁左衛門など数々の時代劇のシリーズに登場してきました。

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ほとんどが東海道など有名な街道筋の木橋の設定ですが、周囲の景観を生かして京街道や淀川の橋という設定もあります。ここからバスで京阪の石清水八幡宮駅(10月1日に改称)に戻りました。

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コメント

碾茶は、おおいをだしたり、もどしたり、
結構大変なのですね。
流れ橋は、四国とかの沈下橋の小さい版のような橋でしょうか。
こういう橋は、本当に上手く考えてありますよね。

投稿: munixyu | 2019年10月 7日 (月) 12:27

★munixyuさん こんばんは♪
流れ橋も沈下橋の一種のようです。でも普通の沈下橋は低い位置にかけられて、増水すると水面下に潜って流されるのは防ぐようです。一方、上津屋の流れ橋はかなり高い位置に架けられてめったに水に浸かりません。

投稿: りせ | 2019年10月13日 (日) 01:38

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