« 令和最初の時代祭 その3 | トップページ | 白山神社 驚きの創建の経緯 »

2019年10月30日 (水)

児神社から大沢池へ 北嵯峨を歩く

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnz_4751a
※写真は全てクリックで拡大します。

先日の遍照寺を出て、広沢の池に戻りました。遍照寺の北門の横に稲荷古墳がありその上に稲荷稲荷が祀られています。径20mの円墳で、横穴式石室と思われています。

Jnz_4603a

池の南西にある「児(ちご)神社」があります。遍照寺を建立した寛朝(かんちょう)大僧正が平安時代の998年に没すると、遺された侍児(じじ)は嘆いて広沢池に身を投げて寛朝の後を追ってしまいました。

Jnz_4753a

近所の人々は子供を哀れみ、社を建立し児神社と称したといわれています。こちらは一条通に面する南の入口。

Jnz_4761a

「第二の御神石」 本殿が移設される前は、南の入口を入ったこの場所からお祈りしたそうです。

Jnz_4765a

「ハートストーン」 神社修復工事中、境内の土中にこの石が埋められていました。何故埋まっていたか判りません!! 縁結びかな? と書いてあります。

Jnz_4775a

手水舎と社務所

Jnz_4777a

拝殿と本殿、本殿には寛朝大僧正に仕えていた稚児を祀ります。この地の産土神(うぶすながみ)として安産を祈り、子供たちの成長の節目にお参りし、健康と安全を願います。

Jnz_4779a

1月2日の「新年拝賀式」では健康・安全・安全・縁結び・長命などを祈願します。秋祭りでは十数基のお神輿が出るそうです。

Jnz_4785a

社殿の横に「石椅子」があります。寛朝が広沢池畔で座禅をしているときに、侍児がいつも腰掛けていたといわれています。この椅子に座ると、長命、安産、縁結びの願いがかなえられるとか。

Jnz_4792a

児神社を出て、広沢の池に沿って北に行くと、左(西)に田園が広がります。その向うに大沢池の森、奥に愛宕山が見えます。

Jnz_4822a

広沢の池の西岸には遍照寺の跡地があります。かっての遍照寺には金色の観世音菩薩を祀る観音島があり、池畔には多宝塔、釣殿等、数々の堂宇が並ぶ広大な寺院だったそうです。

Jnz_4903a

観音島へは橋が付いています。

Jnz_4852a

寛朝僧正没後、遍照寺は次第に衰退、鎌倉時代に後宇多天皇により復興されましたが、室町時代の応仁の乱で廃墟と化してしまいました。後宇多天皇「こころざし 深く汲みてし 広沢の 流れは末も 絶えじとぞ思ふ」。

Jnz_4859a

「観音石仏」 江戸時代前期の1641年、樋口平太夫により但称が造仏し、鳴滝五智山から遷されました。かって遍照山にあった蓮華寺の石仏ともいわれています。頭上に十一面の化仏、両脇に千手を持ちます。

Jnz_4873a

奇跡的に難を逃れた赤不動明王(重文)と十一面観音(重文)は草堂に移され、江戸時代後期の文政13年(1830)舜乗(しゅんじょう)律師により、ここから南300mの場所に復興されました。対岸に「平安郷」が見えます。

Jnz_4883a

観音島の先端に「壹美白弁財天社」が祀られていましたが、社殿が見当たりません。昨年(2018)の台風21号によって祠が吹き飛ばされてしましました。幸い御神体は無事残っていたそうです。

Jnz_4886a

「広沢池観音島保存会」では、修復の準備を進めていますが再建資金の工面がつかず、皆様のご支援をお願いしているそうです。

Jnz_4881a

「釣殿ひろば」 釣殿の跡地のようです。

Jnz_4911a

少し北から広いあぜ道が大沢池方面に続いています。この道も「嵯峨の古道」とされています。

Jnz_4915a

秋口には、あぜ道の曼殊沙華の花が美しいところですが、最近は広い道以外には入れないようになっています。おそらく、カメラマンがあぜ道を壊したり田畑を荒らしたのが原因だと思われます。

Jnz_4917a

振り返ると広沢の池の遠くになり、池面がかすかに見えます。

Jnz_4935a

このあたりは古墳時代後期の集落があった場所で、古墳が点在しています。

Jnz_4936a

現存している古墳から「嵯峨七つ塚古墳群」と呼ばれています。畑の中にそれと分かる円墳があります。

Jnz_4940a

大沢池の北に着きました。大覚寺に入るために池の周りの道を南に行きます。

Jnz_4946a

Jnz_4956a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnz_4845a 

|

« 令和最初の時代祭 その3 | トップページ | 白山神社 驚きの創建の経緯 »

コメント

ハートストーンですか。
こういうの、なんかいいですよね。
ご利益がありそうです。
コスモスは、コスモス園などより川辺や田んぼなど、自然にあるものの方が、趣き深いのかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2019年10月30日 (水) 18:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 令和最初の時代祭 その3 | トップページ | 白山神社 驚きの創建の経緯 »