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2019年10月31日 (木)

白山神社 驚きの創建の経緯

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都御苑の南、麩屋町通押小路下ルに白山神社があります。100坪足らずの小さな神社ですが、その創建の経緯にはちょっと驚かされます。

南隣には、昨年オープンした「BLUE BOOKS cafe KYOTO」があります。大垣書店が運営する書店・カフェでホテルリソルトリニティ京都のラウンジを兼ねています。

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「白山神社」の創建は古く、平安時代末期までさかのぼります。高倉天皇の時代の1177年、加賀白山社の僧徒が京都の内裏へ御輿を担いで強訴しました。

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白山社の第八社で平家の武将達が乱暴狼藉をはたらき、これに怒った僧らが白山権現「加賀一の宮」の神輿を三基をかついで内裏に押しかけたのです。(鳥居をくぐると社務所・授与所があります。)

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しかし、取次ぎの公卿に取り合ってもらえず、仕方なく三基の重たい神輿をかついで内裏を後に引き上げました。強訴が不成功だったためか神輿が肩に食い込み、このあたりで神輿の一基が動かなくなりました。

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僧たちはその神輿を路上に放置して加賀の国へ帰ってしまいました。困った近所の住民たちは、神輿を雨ざらしにするわけにもいかず、社を造ってお祀りしたのが当神社の始まりです。(本殿)

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なお、加賀白山社とは現在の白山比咩(しらやまひめ)神社で、霊峰白山を御神体とする全国白山神社の総本宮です。上述の強訴事件は、白山比咩神社の社殿にも伝わっているそうです。

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白山神社の祭神として、菊理媛尊(くくりひめのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の三柱を祀っています。

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菊理媛尊は霊峰白山のことで、伊弉諾尊と伊弉冉尊は、神話において日本の島々と天照大神や素戔嗚尊などの神々を産んだ夫婦神です。夫婦和合、家運繁盛、子孫長久のご利益があるとされます。

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江戸時代中期で最後の女帝として知られる後桜町天皇が歯痛で悩んでいたとき、女官が白山神社から持ち帰った神箸と神塩をつけるとたちまち歯痛は治り、御紋付提灯を拝領したといわれます。

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以来、歯痛平癒の神として信仰を集め、歯科医の方の参拝も多いそうです。白山神社は、柳池学区(東西は寺町通から柳馬、南北は二条から三条まで)の守り神となっています。(納札所)

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本殿の横に、末社として猿田彦大神、白菊大神、天満宮を祀ります。猿田彦大神は道案内(導き)の神、白菊大神は五穀豊穣、商売繁盛の稲荷神、天満宮は学問の神・菅原道真を祀ります。

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祠には可愛い狐がいました。

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社務所では御朱印や神箸が授与されます。神箸は幼児食初めに用いると、無病息災の成長がかなうといわれています。

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秋の例祭は9月19日に近い土、日曜日に行われ、強訴事件の由来から神輿は柳池学区全域に操り出すそうです。

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コメント

「白山さん」懐かしい響きで~す。

投稿: Tacchan | 2019年10月31日 (木) 11:58

白山神社は、
不思議な理由で建った神社なのですね。
もし、神輿が上手く持ち上がっていたら、
神社がなかったわけで、そういう意味では
神秘的なのかもしれません。

投稿: munixyu | 2019年10月31日 (木) 15:14

★munixyuさん こんばんは♪
加賀の人々は、都の人への腹いせに神輿を置いていったのかも知れません。祟りがあると怖いので、後で処分に困るのが目に見えていたかも。

投稿: りせ | 2019年11月 8日 (金) 22:30

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