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2019年9月 1日 (日)

夕暮れの新町通

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の菅大臣神社の東の新町通を北に歩いて、この日の最後の目的地に向かいます。上の左手前の「縁(ゆかり)」は中華料理屋さん、下は仏光寺下ルにある3つ星ホテル「IMU HOTEL KYOTO」。

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ここから20分くらい歩かなければならないので、途中で目についたものだけを簡単に紹介します。「矢尾定」は築80年の京町家を再生して平成20年にオープンしたごはん処です。

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「四条大船鉾保存会」 祇園祭(後祭)の大船鉾はこの前で組み立てられます。新町通は、ほとんど宵山でしか通ることがないので、ちょっと新鮮です。

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四条通を渡ります。

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四条から北の新町通には放火鉾、南観音山、北観音山、八幡山などの保存会や会所の建物があります。宵山の時は大混雑で、ゆっくり通りを見て歩くことができません。

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「ホテルインターゲート京都 四条新町」 昨年(2018年)オープン、観光にもビジネスにも最適なロケーションで、大浴場があるそうです。

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「百足屋(むかでや) 本店」 百足屋オリジナルの「おばんざい懐石」は、京の伝統的な家庭料理「おばんざい」をご馳走へと昇華させた料理で、風情ある京町家で頂けます。

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このあたりの「百足屋町」は、かって住んでいた「むかでや」という豪商の屋号が由来だそうです。「くろちく」は伝統工芸品・和雑貨・観光土産の企画製造卸販売や小売販売に加え、飲食・ブライダル・ホテル事業を展開しています。

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「万天」 昨年(2019年)オープンした、くろちくが運営する天ぷら料理のお店です。昼は天丼や天ぷら御膳、夜は天ぷらコースや一品料理があります。

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「瑞蓮寺」 慶長元年(1596)創建された真宗大谷派(東本願寺)の寺院で、開山(初代住職)は浅井寿好(法名寿幸)です。寿好は戦国時代に近江の国を治めていた大名、浅井長政一族の浅井喜八良の子です。

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「姉川の合戦」で織田信長に敗れた浅井長政は、一族の菩提を弔うために寿好を京へ逃がし、寿好は縁のあった徳正寺(富小路四条下ル)を頼って出家、この地に一宇を建立しました。

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「ホテルビスタプレミオ京都 和邸」  現代的な建物ですが、内部は京町家の雰囲気を感じさせる造りになっているそうです。

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「三井ガーデンホテル京都新町 別邸」 ミシュランガイド「京都・大阪・鳥取2019」に掲載され、5年連続だそうです。

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三井住友銀行京都新町寮の前に「三井両替店旧址 後鳥羽上皇御所」の石碑があります。ここは平安時代「後鳥羽上皇」の御所が置かれた場所で、江戸時代の初期には「龍野藩脇坂家」の京藩邸の一部となりました。

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江戸時代の1686年三井高利はここに両替店を開き、両替事業の本部としました。明治9年(1876)わが国最初の私立銀行「三井銀行」が設立されると、ここは「西京分店」となり後に「京都支店」と改称されました。

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日が暮れて薄暗くなり、まだ先が長いので急ぎます。ただし、目的地は暗くなってからの方が映える場所です。

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「川崎家住宅 紫織庵(しおりあん)」 大正末期の室町の豪商、井上利助が建てた洋間も備えた表塀付きの町家で、建築家・武田五一が設計に関わりました。戦後、市内で呉服製造卸を営む川崎家が購入、和装などを紹介する施設となりました。

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ところが、昨年東京都内の業者が土地と建物を購入、今年1月市に解体する意向を伝えました。学区の自治連合会や八幡山保存会などの地元関係者が、文化財の建物がなくなることを懸念して、現地保存を求める要望書を市に提出しました。

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市は2月に所有者に対し「建物が京都市指定有形文化財であることは周知の事実で、所有者はその保存・継承の義務を負います。条例に逆らってその価値を滅失することがないよう」強く警告しました。 建物はまだ残っています。

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三条通を横切ります。この通りの西の手前が「Go-En 京都三条新町」、焼肉としゃぶしゃぶを同時に味わえる「焼しゃぶ」や京都初の[串しゃぶ]があります。その向うは山椒なべと焼き鳥の「とり粋」。

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このあたりには安土桃山時代に豊臣秀吉が新たに開いた通り(突抜)の「釜座通」があります。釜座(かまんざ)は茶釜などの鋳物師(釜師)の工房(住居)です、現在ではほとんど見られません。

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御池通を渡ります。目的地は西の西洞院通にあります。

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コメント

百足屋って、凄い名前ですね。
屋号としても凄い名前だと思います。

串しゃぶは、外国の方に受けるかもしれませんね。
箸の要らない鍋なので、やりやすいでしょう。

投稿: munixyu | 2019年9月 1日 (日) 18:03

★munixyuさん こんばんは♪
百足屋の名は百足屋通から来ていていて、通りの名はかって存在した「むかでや」という店が由来だそうです。その店がどんな商売かは分かりませんが、(お金の意味もある)足がたくさんあることから、商売繁盛を願った屋号のようです。

投稿: りせ | 2019年9月 3日 (火) 23:53

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