« 神応寺 本堂から杉山谷不動へ | トップページ | 勝念寺 信長賜の尊像たちと伏見義民 »

2019年9月17日 (火)

常林寺 萩の花と特別公開

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jny_6930a
※写真は全てクリックで拡大します。

常林寺の特別公開に行ってきました。「常林寺」は正式には光明山摂取院常林寺といい、萩の寺として有名ですが、仏像を始めとする貴重な寺宝を所有しています。

Jny_6506a

常林寺は安土桃山時代の天正元年(1573)、魯道上人を開山として寺町通荒神口付近に創建された浄土宗寺院です。「本堂」

Jny_6403a

寛文の大火(1671年)で類焼して現在地へ移転し、元禄11年(1698)7世英譽上人によって現本堂が建立されました。

Jny_6389a

常林寺は知恩院の有力末寺で、総本山が末寺へ発布した通達には、役番として常林寺の書判がみられるそうです。(参道横には詩碑や蹲踞などがありますが、現在は萩に隠れて見えません。)

Jny_6441a

この寺の萩は、宮城野萩・垂れ萩という種類で、花が咲き終った10月から11月に地表近くで刈り取ると、次の年の5月に新しい芽が出てくるのだだそうです。

Jny_6396a

昨年の京の冬の旅で初めて公開され、それに先立って行われた寺宝の調査や建物の修理によって様々な事実が判明しました。特別公開の受付は本堂横の玄関です。

Jny_6394a

本堂には、本尊の来迎の阿弥陀三尊像を祀っています。中央が阿弥陀如来、左はその知恵の化身の勢至菩薩、右が慈悲の化身の観音菩薩です。室内の写真は京の冬の旅のガイドブックと常林寺のしおりからの転載です。

Img_20180218_0003aa

脇壇には、戦火を免れて常林寺に遷されたという聖観世音菩薩像と、

Img_20180218_0001ca

菊と桐の紋入りの衣に高下駄姿の帯刀僧形像が祀られています。造りが精巧であることから、高位な方の像であることは想像できますが、この僧が誰で、どうして常林寺にあるのかは現在でも分からないそうです。

Img_20180218_0001ba

本尊の背後に「釈迦三尊」の壁画が残されています。幕末から明治にかけて活躍した日本画家・岸竹堂(きしちくどう)の作品です。他に地蔵菩薩像やクリーニングされて金色に輝く阿弥陀如来座像もありました。

Img_20180218_0001ab

本堂の天井にはご住職の叔母で日本画家の野村はるみによる77枚の四季折々の花が鮮やかな色彩で描かれています。常林寺では今回の特別公開にあたって本堂の修理をおこない、その落慶記念に奉納していただいたそうです。

Img_20180218_0005aa

野村はるみは昭和9年生まれ、植物との共生を描き日展特選を2度受賞しましたが、残念ながら昨年の公開前に亡くなりました。この日は「萩図」という作品も展示されていました(最後の写真)。下は本堂横の内庭。

Jny_6383a

常林寺は、戊辰戦争時に幕府側代表として西郷隆盛と会談し「江戸城無血開城」を成し遂げた勝海舟の京の常宿でも知られます。下は、海舟が海軍伝習生として長崎や神戸に赴いたときに滞在したと伝わる「勝海舟逗留之間」。

Img_20180218_0001da

時には、坂本龍馬とともに逗留することもあったそうです。子母沢寛の長編小説「勝海舟」に常林寺が登場して、勝海舟はこの東山の眺めがよい部屋に泊まり、龍馬など同行者は障子をあけると墓が見える部屋に泊まった場面が出てきます。

Jny_6363a

小説には武骨な門下生たちが伐株からようやく芽を出したばかりの萩を踏み荒らした話も出てきます。ここはかって存在した「砂川」が鴨川に合流する場所で、庭にその痕跡が残っています。

Jny_6373a

地表のすぐ下は砂地で水はけがよく、萩の生育に適しているそうです。特別公開は9月28日(土)までで、20、21日は拝観休止です。建物を出て、山門横の地蔵堂に向かいます。

Jny_6550a

「地蔵堂」には世継子育(よつぎこそだて)地蔵尊が祀られています。

Jny_6457a

右手前にある石標はかって山門の外にあり、京の街を往き来する人々の道しるべでしたが、40年前に折れているの分かりここに移したそうです。

Jny_6468a

左手前に『菊の紋入り灯篭』があります。平成27年檀家の湯口家が引越するにあたり、菩提寺の常林寺に預けていったものです。

Jny_6495a

明治天皇は幼い頃、御所を脱け出して旧有栖川邸の近くにあった湯口家の当主・音七さんを訪ねて遊んだそうです。天皇家が東京に移る際に、『お世話なりました』としてこの灯籠を湯口家に贈ったそうです。

Img_20180218_0006

また、湯口家の建替工事の際に地中から掘り出された「地蔵尊」も常林寺に預けられ、この地蔵堂に祀られています。左の赤い前掛けのお地蔵です。

Jnl_4967a

世継子育地蔵尊は、常林寺の創建以前から京の七口の一つの今出川口にあって、古くから若狭(鯖)街道を往来する人々が旅の安全を祈願しました。また、子授け・安産の信仰を集め、遠国からお参りする人もあったといわれます。

Jnl_4963a

地蔵堂前に昔から線香立てとして使用されている石柱があり、本来は水鉢だったのではないかと考えられています。側面の三方に、素朴な姿の仏様が彫られていて、人々に親しまれてきた歴史が感じられます。

Jny_6481a

地蔵堂の横に鎮守社だと思われる小さな祠があります。その裏に菊の紋入りの瓦が置いてありますが由来は不明です。こちらも皇室とゆかりがあるのかも知れません。

Jny_6484a

常林寺の離れは宿になっていて、エアコン、テレビ、浴室、WiFi、ベッド、アメニティなどを備えています。「常林カフェ」もあり、お茶を飲みながら写経や住職との話ができる「寺カフェ」だと思われます。

Jny_6409a

また、禅宗の坐禅体験に相当する「念仏会体験」も行われています。精神を集中して無我の境地を極め、自己を見つめ直して、新しい心で生活を再スタートすることが目的だそうです。

Jny_6567a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jny_6577a

|

« 神応寺 本堂から杉山谷不動へ | トップページ | 勝念寺 信長賜の尊像たちと伏見義民 »

コメント

もう、萩の時期なのですね。
早いものです。
月見も終わりましたし、これからどんどん
秋が深まっていくのでしょうね。

投稿: munixyu | 2019年9月17日 (火) 13:35

★munixyuさん こんばんは♪
街中で凪が咲いているのを見かけて、常林寺に行ってきました。知らない間に秋が忍び寄っていました。

投稿: りせ | 2019年9月22日 (日) 00:28

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 神応寺 本堂から杉山谷不動へ | トップページ | 勝念寺 信長賜の尊像たちと伏見義民 »