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2019年9月13日 (金)

石清水八幡宮 ケーブルから本殿へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は石清水八幡宮に行ってきました。京阪八幡市駅から男山ケーブルに乗って山頂駅に向かいます。水平距離400m、高低差82m、運転時間2分30秒です。冷房車ではなく、駅に設置した送風装置「ひえゾウくん」から車内に冷風を送ります。

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「石清水八幡宮」は男山山頂に本殿があり、京都の西南の裏鬼門に当たり、王城守護、国家安泰のために祀られ、伊勢神宮に次ぐ「国家第二の宗廟」とうたわれました。(途中で京都南部から宇治方面の見晴らしがあります。)

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ケーブルの山頂駅は本殿の裏(北)の崖下にあり、ここから「西ケーブル参道」が山腹を回り込みます。標高は100m足らずだと思いますが、竹林もあり涼しく感じました。

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表参道に合流する手前に広場があり、その奥の「清峯殿」(青少年文化体育センター)は研修、食事、宿泊、挙式などの施設です。

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平安時代初めの貞観元年(859)、南都(奈良)大安寺の僧・行教和尚は豊前国(大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱心に祈祷をしていると、「お前の祈祷に感服した。だまっておけないので、都の近くに出かけて国家を鎮護しよう。」と神託がありました。「休憩所」

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「涌峯塔」は昭和59年に研修センターと同時に建設された給水塔です。デザインは彫刻・陶芸で高名な清水九兵衛氏によるもので、神刀や神職の使用する笏・冠などをイメージして、本殿より高くならないよう配慮されたそうです。手前はボーイスカウト像。

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「エジソン記念碑」 八幡の竹を使って白熱電球の長時間点灯、実用化に成功した発明王エジソンを記念して昭和9年に建てられ、昭和59(1984)年に移転・新調しました。毎年エジソンの誕生日と命日に、エジソン生誕祭・碑前祭が行われます。

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「宇宙桜」 平成20年(2008)に高知県のひょうたん桜の種200粒が、国際宇宙ステーションの実験棟で約8か月滞在、若田光一さんとともに地球に帰還しました。その種から発芽、接ぎ木によって増やされた50本のうちの一つです。

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「都山流尺八楽会初代宗家中尾都山顕彰碑」 中尾都山は枚方市に出れ全国を行脚してその普及につとめ、明治29年に都山流を創始しました。「岩清水」は初代宗家が当宮に参籠して作曲した不朽の名作で、毎年5月28日の春季献茶祭で奉納されます。

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「三の鳥居」、かっては大木を用いて朱塗りに金で飾られ、正保2年(1645)石造りに改められました。 ここから表参道に合流、正面に本殿があります。写真の背後にある「神馬舎」は工事中でした。

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鳥居の先に「一ッ石」があります。「お百度石」とも呼ばれ、百度参りの起点でもありました。江戸時代には、本殿参拝の後にこの石の前で再び本殿に向かい拝礼するという習わしがあったと伝えられています。

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右手にいくつか建物が並んでいます。そのうちの書院には昭和27年に重森三玲によって作庭された石庭があります。門が閉まっているので、塀の隙間から覗いてみます。

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八幡大神の「海神」にちなんだ海洋を表す白砂の上に男山に散在していた14の石を島に見立てています。東南の角に鎌倉期の石灯籠が配置され、当宮の450基の石灯籠のなかで唯一、国の重要文化財に指定されています。

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神社創建の話にもどり、行教が平安京に向かう途中の山崎離宮(大山崎町)で、再び「王城鎮護のため、男山に祀るように」と神託がありました。このご神託を朝廷に報告すると、時の清和天皇は男山に八幡宮の創建を命じました。

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木工寮権允橘良基が宇佐宮に准じて、正殿三宇、礼殿三宇からなる神殿六宇の造営に着手し、翌貞観2年(860)に宇佐八幡宮から八幡神が遷座されました。「手水舎」

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当初は「石清水八幡大菩薩」、「石清水八幡宮護国寺」と呼ばれ、神仏混淆の霊地でした。「南総門」から見ると、社殿が少し西側を向います。参拝して帰る際に、八幡大神様に対して真正面に背を向けないようしているといわれます。

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清和天皇の嫡流である源氏一門は八幡大神を氏神として尊崇したので、八幡信仰は全国に広まりました。源義家は当社で元服し自らを「八幡太郎義家」と名乗りました。

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本殿の中御前には 応神天皇、西御前に比咩大神(ひめおおかみ)、東御前に神功皇后(じんぐうこうごう)を祀っています。これらの三座の神をあわせて、八幡三所大神(八幡大神)と呼ばれ、国家鎮護、厄除開運、必勝・弓矢の神として信仰されてきました。

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貞観以来、造営14度・修理17度におよび、現在の社殿は寛永11年(1634)、徳川三代将軍家光の修造によるものです。絵馬には斜めを向いた社殿が描かれています。他にエジソンの絵馬もあります(最後の写真)。

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社殿は、手前から「楼門」、「舞殿」、「幣殿」、「本殿」と続き、本殿は前後二棟(内殿・外殿)からなる八幡造りと呼ばれ、このような社殿建築様式は珍しいとされています。社殿は廻廊によって囲まれ、下はその「東門」・

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本殿の東(右)に「東総門」、同様に「北総門」と「西総門」もあり、すべて重要文化財です。

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丑寅の方角(東北)は、牛の角を持ち、虎の皮を身にまとった鬼が来る鬼門といわれ、それを封じるために、社殿の石垣を切り取った造りになっています。(社殿の裏には摂社が並んでいます。)

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社殿を囲む築地塀は「信長塀」とも呼ばれ、織田信長が好んで採用した様式といわれます。瓦と土を幾重にも重ねることにより、鉄砲の銃撃や耐火性、耐久力に優れていたとされています。下は「北総門」 。

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本殿の北西にある「宝蔵」は、建築年代が不明ですが文書や絵図などには江戸時代中期から存在していました。類例の少ない校倉建築として、平成21年3月に石清水社・石清水井とともに京都府の文化財い指定さました。

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社殿の建造物全てが丹漆塗で、本殿を囲む瑞籬(みずがき)の欄間彫刻をはじめ随所に当時の名工の極彩色彫刻が施された極めて壮麗な社殿として、平成28年本社10棟と附(つけたり)棟札3枚が国宝に指定されました。 「西総門」

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楠木正成が建武元年(1334) 必勝祈願参拝の際に奉納した大楠があります。男山に楠1000本を植えたとされ、社殿の西に現存する最大のものは樹高30m、樹齢は700年に迫ります。

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裏には「合格祈願 1%のひらめき 99%の汗」と書かれているそうです。

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コメント

石清水八幡宮。
いつものケーブルカーですね。
そう言えば、ケーブルカーには冷房がありませんよね。
なるほど、送風装置「ひえゾウくん」
アイデア商品。これは効果絶大でしょう。

投稿: munixyu | 2019年9月13日 (金) 17:17

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