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2019年9月20日 (金)

東高野街道を歩く

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、石清水八幡宮と神応寺を訪れた後、東高野(こうや)街道を通って禅法律寺に向かいました。この街道は、京都と高野山を結ぶ「高野参拝道」のひとつで、八幡市内を縦断して大阪府に入り高野山に至ります。

京阪八幡市駅前のエジソンの胸像 エジソンは電灯のフィラメントとして様々な材料を試し、男山の竹(マダケ)を使って初めて実用化に成功しました。八幡市が平和都市宣言に際して設置したもの。

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人形浄瑠璃の「双蝶々曲輪日記」に「引窓」の場面が登場します。関取の濡髪は心ならずも人を殺してしまい、八幡の母の家の2階に隠れます。再婚した母の義理の息子は代官となっていました。母は葛藤の後…。モデルとなった民家が近くにあったそうです。

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駅前のロータリーから東高野街道に入ります。地図によっては男山ケーブル駅からここまでも東高野街道としているものもあります。右はスーパーマーケットの「ツジトミ」。

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左はカフェ&スイーツの「フルール」、右は「BamBooあしはらパート3」という看板がありますが、何のお店か分かりません。

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「あしはら本店」 お好み焼き、焼きそば、定食の食堂です。

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「やわた走井餅老舗」 明和元年(1764)大津の名水・走井(はしりい)を用いて製造した飴餅が始まり。明治43年(1910)この地に店主の四男が開業、昭和初期に本家が廃業して伝統を引き継いでいます。

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東高野街道は石清水八幡宮の一の鳥居の横を通り、しばらく頓宮に沿って南に向かいます。

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「能蓮法師歌碑」 文治元年(1185)に行われた石清水八幡宮・歌合せで能蓮法師が詠んだ和歌「石清水清き流れの絶えせねばやどる月さえ隈なかりけり」。

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「やわた放生の景」の碑、この地は9月15日に行われる石清水八幡宮の勅祭・石清水祭の舞台です(写真はその2日前)。川は放生川と呼ばれ、ています。

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右の安居(あんご)橋の中央に舞台があり、石清水祭で放生会が行われます。川は放生川と呼ばれ、岸に建てられた看板には、様々な施主の名が書かれています。

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街道を行くと、左に「奈良街道」が分かれます。どちらも綺麗な石畳が敷かれています。

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街道は男山の東麓を通り、古い民家が並んでいます。途中に石清水八幡宮の表参道の途中から分かれた下り坂があります。

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「相槌神社」 天下五剣のひとつ「童子切安綱」の作者、刀工・大原五郎太夫安綱と稲荷の神が、境内に涌く山ノ井の水を用い、名刀「髭切」と「膝丸」の2本を造ったと伝わる神社です。

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右の山ノ井戸には今も水が湧いています。上の写真の石標は、八幡泉坊跡(先日訪れました)・松花堂墓所への道しるべにもなっています。

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「泰勝寺」 大正7年に建てられた社僧・文化人の松花堂昭乗ゆかりの寺です。昭乗の墓や宝物館などがあります。また昭乗が利用していた茶席「閑雲軒」が復元され、日本百席の一つに選ばれています。

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街道は山際を通ります。

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「本妙寺」 室町時代末期に創建され、法華宗真門派本隆寺の末寺で、日蓮上人像が安置されています。織田信長により行われた安土問答(法華宗と浄土宗との宗論)で、殉教した日門上人の墓所となっています。

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左は「小谷食堂」で、八幡でランチといえばここのカレー中華のことだそうです。右に小さな祠があります。

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「丸太酒店」 美しい日本家屋ですが、造り酒屋ではないようです。

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「浄泉寺」 浄土真宗本願寺派の寺院です。お寺らしい建物が見当たりませんが、正面の建物かも知れません。

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「八幡市馬場運動広場」(馬場市民運動公園)、ここを過ぎると禅法律寺の森が見えてきます(最後の写真)。

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コメント

エジソンが日本に来ていたこと自体が、
凄いことだというのに
竹を使ってフィラメントを作っていたというのは、
本当に驚きですよね。
今生きていたら、何を発明しているでしょうね。
少し気になります。

投稿: munixyu | 2019年9月20日 (金) 14:54

平素より楽しくブログを拝見させていただいております。 弊社はTrip-Partner(https://trip-partner.jp/)という新しい旅行情報メディアを運営しております。 この度、海外旅行情報のみではなく日本国内情報の記事を扱いたいと思っております。 是非貴方のような内容に富んだ読者にとってためになる記事を弊社のサイトに投稿して頂きたいと思いまして、ご連絡差し上げました。 報酬としては3000文字程度で3000円を考えております。 もしご興味ございましたら範國(ノリクニ)宛(japan-director@trip-partner.jp)にメールを頂くことは叶いますでしょうか? その際メールにブログのURLを記載いただければ幸いです。 何卒宜しくお願い致します。

投稿: 旅行情報発信メディアでの記事執筆依頼 | 2019年9月20日 (金) 23:44

★munixyuさん こんばんは♪
白熱電球は、エジソンの発明の中でも重要なものだったようです。実用的な電球を開発すると、その製造会社を設立、電燈の復旧に向けて、ソケット、配電盤、電力計などの付帯設備も開発、電燈用の発電所を建設しました。

投稿: りせ | 2019年9月22日 (日) 00:42

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