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2019年9月19日 (木)

本禅寺 法華宗陣門流本山

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都御苑の東の寺町通にある本禅寺に行ってきました。「本禅寺」は山号を光了山(こうりょうさん)という法華宗陣門流大本山です。(山門を入った左に小さな地蔵堂があります。)

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以下ではこの寺の苦難の歴史をたどりながら境内を見て歩きます。

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室町時代の応永13年(1406)日陣(にちじん)上人が四条堀川に創立したのがこの寺の始まりとされます。下の立像堂(釈迦堂)には宗祖・日蓮上人の随身仏といわれる「金銅釈迦如来立像」が祀られています。

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1536年に起こった「天文法華の乱」では、比叡山衆徒によって京都の日蓮宗21寺が襲われ、本禅寺も焼かれてしまいました。本尊はかつて本国寺に安置されていたものを、乱の際に本禅寺に持ち込まれたともいいます

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1540年になって、日覚(にっかく)大僧正が西陣の桜井町に土地を得て再建し、本禅寺5世となりました。この頃後奈良天皇の綸旨により勅願寺となりました。(屋根にはいかつい鬼瓦。)

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ちなみに、天文法華の乱で焼かれ京都を追われた「洛中法華21ヶ寺」のうち、再建されたのは15ヵ寺です。(本堂は総ヒノキ造りだそうですが、耐火性のある漆喰が塗られています。)

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本堂には「遺魂道場」と書かれた扁額が掲げられ、本尊の三宝尊を安置しています。三宝尊は、仏・法・僧の三宝を祀るための仏像で様々な形式がありました。

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庶民にとって高価な仏像を祀ることは困難で、日蓮は諸尊を書いた十界曼荼羅を庶民に与え、日蓮宗・法華宗の本尊となりました。庇の下に彫刻があります。水の生物と海藻のようですがよく分かりません。

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安土桃山時代の天正年間(1573-1592)に、豊臣秀吉の都市改造によって寺町通の現在地に移転させられました。(本堂の前にある「七福弁財天」)

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江戸時代には何度も火災にあいます。 1615年、1645年、1661年にそれぞれ火災にあい、その後再建されました。(上手鉢には「光了山」と刻まれています。)

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1708年の「宝永の大火」、1788年の「天明の大火」でも焼失しています。(本堂から客殿に渡り廊下が伸びていて、玄関の右に「手押しポンプ」が見えます。 )

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江戸時代の享保年間(1716-1736)にオランダから渡来した、あるいは長崎で発明されたともいいます。竜が水を吐く様子にたとえて「雲竜水」と呼ばれますが、火事の消火にはあまり効果がなかったそうです。

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今でも京都の多くの寺社でこの手押しポンプを見ることができ、火除けの意味があるのかも知れません。渡り廊下には奇妙な鉦?がつるされていました。

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幕末には有栖川宮の祈願所となりました。有栖川宮は歴代、書道や歌道の師範を勤めて皇室の信任が篤く、徳川家や有力大名とも婚姻関係を結び、子弟を門跡寺院に入寺させなど有力な宮家でした

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北の門を外から 本禅寺の境内は駐車場にもなっていて、カーブミラーがあるのでここが車の出入り口のようです。

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幕末の1852年頃に本堂、客殿、釈迦堂などが再建され現在の配置になりました。会津藩主の松平容保が京都守護職として上洛した当初、ここに宿泊したそうです。大正12年(1923)に堂宇が再建され現在に至っています。

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 鎮守社の「三十番神」、天照大神、八幡大菩薩、伏見稲荷、松尾大明神、北野天満自在天、祗園大神等の全国の総氏神を一堂に祀り、それぞれがひと月の一日を守る国土神です。

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梵鐘は、慶長11年(1606)に豊臣秀頼(秀吉の次男)が鋳造して摂津の生国魂(いくたま)大明神に献納したものとされます。豊臣秀頼、淀殿、加藤清正・勝元の名が刻まれているそうです。

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1615年の大坂の陣では、家康はこの鐘を徴用して陣鐘(戦いの指令に用いる鐘)としたそうです。その後、大久保彦左衛門が譲り受け、菩提寺であったこの寺に奉納したといわれています。

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境内を一周して山門の前まできましたが、その右手に塔頭が並んでいます。下は、「円龍院」、さらに「詮量院」、「玄妙院」と続き、

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東端に「心城院」があります。さらに東は墓地になっていて、大久保彦左衛と一族、亀山藩主・石川主殿頭一族。江戸時代の画家・岸駒(がんく)と一族、刀研師で俳人の桜井梅室の墓や供養塔があります。

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ところで、法華宗陣門流は日蓮を宗祖、日陣を門祖とする日蓮門下の一派です。法華経の題目(南無妙法蓮華経)を唱えることを正行(しょうぎょう)とするそうです。

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総本山は新潟県三条市にある長久山本成寺で、本禅寺は京別院とも呼ばれます。山門の前にはマンション?が建設されていました。

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コメント

瓦や鐘に、柔らかい秋の日差しが当たり、
趣きが出てきましたね。
空も青く、爽やかさを感じます。

投稿: munixyu | 2019年9月19日 (木) 19:32

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