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2019年8月22日 (木)

霊山観音 2019夏

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

高台寺の隣にある霊山(りょうぜん)観音を訪れました。「霊山観音」は、昭和30年(1955)実業家・石川博資(ひろすけ)によって第二次大戦の戦没者・戦争犠牲者を追悼、慰霊するために建立されました。「山門」

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観音像は、「白衣観音」をイメージして、彫刻家・山崎朝雲(ちょううん)が原型を作成しました。高さ24m、顔6m、総重量500t、コンクリート製。朝雲(1867‐1954)は博多に生まれ、 仏師・高田又四郎、彫刻家・高村光雲に師事、代表作に「大葉子」があります。

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山門の仁王像は昭和38年(1963)松久朋琳(ほうりん、右)および松久宗琳(ほうりん、左)の作です。松久朋琳(1901-1987)は、京都に生まれ、大阪四天王寺仁王像、鞍馬寺魔王尊像などを彫り、京都仏像彫刻研究所を主宰。

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宗琳(1926-1992)は父・朋琳のもとで多数の仏像を彫り、両氏は宗教芸術院を創設、四天王寺、身延山久遠寺、比叡山延暦寺などか大仏師の称号を与えられました。山門の南に「寺務所」があります。

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北の回廊には、「禅堂」と「写経堂」があります。

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「願いの玉」 仏教ではすべてを生み出す宇宙の根源は如意宝珠とされ、その姿は完全な球だそうです。風水的な吉地とされた地のエネルギーと観音様の妙智の力が宿ったこの球に願いを託し明日への活力を得るのだそうです。

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観音像の下に本堂、正面には大香炉があります。

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霊山観音の創始者・石川博資(1891-1965)は秋田県に生まれ、鉱山業で財をなし、後に運輸・タクシー業界に乗り出しました。本堂の左に涅槃像。

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京都では、帝産観光タクシーや帝産京都自動車がグループ企業です。(本堂の真ん中の内陣には、本尊の「千手観音菩薩」、その左には「地蔵菩薩」が祀られています。 )

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右には「毘沙門天」と「弁財天」。これらのご利益は、家内安全、無病息災、身体健全、病気平癒、交通安全、良縁成就、安産祈願、子宝成就、商売繁盛、事業繁栄、開運厄除、家運長久、受験合格、進学成就、学業成就、就職成就などとされます。

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観音像の左にはちょっとした庭園があります。

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左の石段の上には、開山の石川博資の碑と開山廟(常楽堂)があります。右の石段の上は「京料理供養塔」、他にも「ふぐ塚」や「花塚」があり、京都の各関連業界が建立したものです。

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同じ東の斜面の上に「愛染明王堂」、祀られている愛染明王には縁結び、良縁、恋愛成就、家庭円満などの信仰があります。

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観音像の北に巨大な仏足石があります。

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観音像の背後から胎内に入れます(左右に入口があります)。像の上に登るのではなく、台座の部分に入ります。

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胎内には「十二支守本尊」が安置されています。自分の干支の本尊にお参りします。

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観音像の右奥に「メモリアル・ホール」があります。第二次世界大戦で、日本だけでなく国のために殉じた世界の無名戦士の御霊を供養しています。

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左にある小部屋に世界各地の無名戦士の墓から贈られた浄土が納められています。壁にはステンドグラスがあり、教会のような雰囲気です。

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さらに右奥の斜面の上に「護摩堂」があり、霊山厄除不動明王を本尊として祀り、毎月8、18、28日に、本山修験宗山伏により国家隆盛や家内安泰の護摩が焚かれます。

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護摩堂の前や背後に、第二次世界大戦の戦没者の慰霊碑、韓国人犠牲者慰霊塔などが多数並んでいます。向うは霊山護国神社の参道(維新の道)の玉垣が見えます。

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観音像の右手前(南西)には、「水子地蔵尊」が祀られ、奉納された多数の小仏像が並んでいます。

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南にも回廊があり、「納骨堂」があります。下は池のほとりから。

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その西で山門の近くに「小型バス」が展示してあります。石川博資が観光業にも乗り出したときのバスで、「観光バス」という呼称を始めて用いたそうです。

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コメント

一人の資金でこんなに大きな石仏を作るとは、
実業家・石川博資という人は、よほどの大金持ちだったのでしょうね。
1億はしてそうな気がします。

投稿: munixyu | 2019年8月23日 (金) 19:15

★munixyuさん こんばんは♪
お返事が滞りすみませんでした。
石川博資は鉱山の開発で巨万の富を得て、帝産グループを創設、中部銀行も掌握しました。お金があることは確かですが、戦争で亡くなった方を弔うために使ったことは評価されると思います。

投稿: りせ | 2019年8月29日 (木) 01:56

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