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2019年7月15日 (月)

祇園白川 紫陽花と石仏たち

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の木屋町通を後に、帰宅するため鴨川を渡って祇園白川沿いに東大路に向かいます。今日はお店の紹介はありません。

川端通から「白川南通」に入ると右手に二つの祠があります。左は地蔵尊、右は「弁財天社」でこのあたりの町名も弁財天町です。

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鎌倉時代前期の1228年、治水担当・防鴨河師(ぼうかし)の勢多判官為兼は鴨川の洪水に悩まされていました。あるとき、僧が現れて進言した後、目疾(めやみ)地蔵(四条通の仲源寺)に消えたそうです。

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禹王とは治水事業に功績があった中国・夏王朝の始祖です。進言に従って、川北に弁財天社、川南に禹王廟(なつのうのちょう)を建立したところ、洪水はおさまったといわれています。

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「大和大路通(縄手筋)」を渡ります。

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ここはかってお茶屋を挟む狭い通りでしたが、戦時中の空襲による延焼を防ぐための道路疎開によって道幅が広げられました。現在は廃止された市電の敷石を使った石畳になり、電柱が地下に埋設されています。

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この白川沿いの昔ながらの町並が「伝統的建造物群保存地区」になっていて、枝垂桜や紫陽花が通りを彩ります。

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通りには昔から紫陽花が生えていたようで、いわくがあります。かって通りの中ほどに「大友(だいとも)」という名物お茶屋がありました。

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大友の女将「磯田多佳」は祇園甲部の芸妓でしたが、一方で夏目漱石、谷崎潤一郎、吉井勇など多くの文学者と交流した歌人でもあり、「文学芸妓」と呼ばれました。

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しかし、戦時中に戦局が悪化して、このあたりの多くのお茶屋は廃業を余儀なくされ、撤去されてしまいました。多佳は、守っていたお茶屋も失い悲しみにくれ、終戦の年に亡くなります。

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彼女は終生紫陽花の花を好み、大友の庭にも紫陽花が植えられていました。谷崎潤一郎は、多佳の一周忌に 「あじさいの 花に心を 残しけん 人のゆくへも しら川の水」という手向けの歌を詠んでいます。

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大友があった場所に、吉井勇の歌碑「かにかくに 祇園はこひし 寐(ぬ)るときも 枕のしたを 水のながるる」があり、毎年11月8日には吉井勇を偲んで「かにかくに祭」が祇園甲部の行事として行われます。

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一筋北の新橋通との合流点に「辰巳大明神」があります。創祀は不明ですが、御所の辰巳の方角を守るために祀られたと考えられています。

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昔、巽橋のそばに狸が住んでいて、しばしば芸妓が騙されて川の中を歩かされたので、困った人々が祠を建てる約束をしたところ、狸の悪戯はなくなったとの言い伝えがあります。

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伎芸上達の神として、芸・舞妓さんを始めとして祇園の人々がお参りに来ます。

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「巽橋」 観光客が増えすぎて安全が保てないため、しばらく「祇園白川宵桜ライトアップ」が中止となっていました。特に混雑する巽橋が老朽化して危険だったそうですが、新しくなっていました。

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白川南通と新橋通が合流して新橋通になります。

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ここからしばらく白川は南北に流れ、橋のたもとに地蔵尊が祀られています。

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「火除け地蔵尊」 地蔵菩薩はあらゆる場所に身を変えて現れ、六道の衆生を救うとともに、現世利益を与えてくれるといわれれています。代表的な十の現世利益に「火除け」があり、かっては町々に火除けの地蔵尊が祀られていたそうです。

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南北に流れる区間の白川沿いに道はなく、その東にある花見小路通を北に行きます。向うに見える「有済(ゆうさい)橋」を渡ります。有済は廃校となった小学校の名でもあります。

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中国の儒書『書経』にある「必ず忍ぶ有りて、其れ乃ち済す有り(なすあり)」にちなんでいるそうです。「なすあり地蔵」は昭和29年に花見小路通りの水道管工事の際に白川の川底から堀り出された石仏です。

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それまでの何百年の間暗やみの世界で耐え忍んで世に現れたことから「なすあり」の名が付けられました。水道工事を請負った中村幸太郎が、八坂神社の四若神輿会に相談して、祠が建立されました。

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平成10年この「白川北通」が整備され新しくコミュニティ道路に生まれかわったときに「なすありの径」と名付けられました。

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ほとんど観光客は通りませんが、よく整備された綺麗な通りです。少しずつですが、お店も増えてきました。

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「狸橋」 なすなりの径は門前白川通、その北は古門前通でともに知恩院の参道です。一方、橋の南は祇園の新門前通です。この橋を渡ると、雰囲気がまったく変わるので、狸に化かされたようだと名づけられたといわれています。

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白川南通では紫陽花の数が少なくなってきましたが、ここではあちこちに咲いていました。また、通りの街路樹の下にも紫陽花が植えられていて、近所の方が手入れをしているようです。

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古い道標が残っていて、巽橋のような伝説はないものの、たぬき橋は目印になっていたようです。道標の向う側には「右きく屋ばし」とあります、

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コメント

今年は、空梅雨の傾向にあるだけに、
紫陽花が元気に咲いて、嬉しいですね。

投稿: munixyu | 2019年7月16日 (火) 13:20

★munixyuさん こんばんは♪
実は元気がない紫陽花も一杯ありました。近所の方に水をやって欲しいのですが、繁華街では難しいのかも知れません。

投稿: りせ | 2019年7月20日 (土) 02:17

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