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2019年7月31日 (水)

宝塔寺 その後の歴史と塔頭たち

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

宝塔寺の記事が続きますが今日が最後です。宝塔寺は応仁の乱(1467)で焼失、安土桃山時代の天正18年(1590)伽藍が再建されたことまで紹介しました。(仁王門の南に手水舎があります。)

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江戸時代の1608年には本堂が再建され、その後京都は何度も大火に遭いますが、郊外にあるのが幸いして伽藍や塔頭たちの多くは現存しています。(手水舎の周りに、面白い形をした灯籠や手水などの石造品が置かれています。)

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幕末の 1864年宝塔寺の門前で、蛤御門の変(禁門の変)の前哨戦が勃発しました。急進的な尊皇攘夷論を掲げていた長州藩は、公武合体派の会津藩と薩摩藩らが主導した八月十八日の政変(1863)で京都から追放されました。

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長州藩は会津藩主らを排除して失地回復を目指して御所に進軍しました。しかし、伏見街道を北上した長州伏見部隊は、大垣・彦根軍らの守備隊に阻止されて敗退、長州藩の御所攻撃に参戦できませんでした。

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明治39年(1906)に多宝塔と総門、昭和59年(1984)には本堂が国の重要文化財に指定されました。平成15年(2003)には平成の大修理が終わり現在に至ります。(奉納された石造品が余りに斬新なのでここ並べたのでは?とは私の想像です。)

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安土桃山時代に伽藍が再建されたとき、六坊(僧坊)がありました。明治3年の「寺院本末一覧」には8塔頭が記されていて、そのうち6塔頭が現存しています。それらを眺めながら総門に向かいます。

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「自得院」 六坊の第四で文禄3年(1594)開創、元禄年間に観静坊から自得院に改称しました。仁王門の南にあり、手前の標柱には「七面大天女 寶徳講」と書いてあります。

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「慈雲院」 日利上人(日銀上人の弟子)が開山となり明暦3年(1657)創建、明治初めに玉泉院を合併しました。仁王門の北の崖の上に建っています。

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「了性院、本久院、深信院の廃寺跡」 これらは明治維新の際に廃寺となりました。藪になっていてちょっと物悲しい雰囲気です。

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「霊光寺」 元は真言宗・荘厳院でしたが、延慶元年(1308)住職實典が日像上人と問答して帰依、日蓮宗に転宗して現寺号に改めました。立本寺第21世・日審上人の廟、2代目将棋名人・大橋宗桂と棋聖・天野宗歩の墓があります。

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「直勝寺」 慶安4年(1648)日随上人が開山となり創建、大雲寺隠居所で、昭和18年直勝院から現寺号へ改称しました。 通常、塔頭は山号を持たないとされますが、宝塔寺と同じ「深草山」という山号があります。

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「圓妙院」 元は六坊の第五で、慶長2年(1597年)建立。こちらも山号があります。

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「大雲寺」 安土桃山時代に宝塔寺の伽藍を再建した日銀上人の弟子・日随上人が、天文5年(1536)に建立。元は六坊の第一で、西之大坊と呼ばれました。

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門の右の看板は「親子相思 日像菩薩御尊像奉安」、左は「深草七面山 御旅所」とあります。深草七面山とは、山中に祀られている七面大明神(吉祥天)のことで、法華信仰の守り神です(山門を入った左に祠があります)。

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寺内の墓地には「寺本氏の墓」があります。寺本内蔵允忠吉は深草の人で、織田信長と足利義昭が六条河原で戦ったときに信長に従って戦死しました、

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総門の脇に「宝塔寺門衛所」が建っています。

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京阪深草駅の前に「七面大天女 東南是より三町」の道標があります。

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コメント

最後のかぼちゃの石。
かわいくて、いいですね。
京都のこういう小さな発見、好きです。

投稿: munixyu | 2019年7月31日 (水) 19:41

★munixyuさん こんばんは♪
石工さんの遊び心で造ったハロウィンのかぼちゃだと思うのですが、お寺では持て余しているのかも知れません。

投稿: りせ | 2019年8月 4日 (日) 01:05

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