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2019年7月23日 (火)

祇園祭2019 後祭宵々山

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は日が暮れてから雨が上がったので、祇園祭(後祭)の宵々山に行ってきました。烏丸三条に着いたときにはまだ空に青みが残っていました。鉾町の北から南の方に山鉾を見て歩きます。

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「鈴鹿山」 伊勢の国・鈴鹿山で人々を苦しめた悪鬼を鈴鹿権現(瀬織津姫尊)が退治した説話にちなんだ山です(TOPの写真も)。以下は訪れた順番に山鉾を紹介します。

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会所では子供たちが粽(ちまき)やお守り(御神影)などを売っています。後ろには八坂神社のかっての祭神・牛頭天王が祀られています。

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「役行者山 (えんのぎょうじゃやま)」 伝説の修行僧・役行者をテーマにした山です。毎年巡行の前日(23日)の午後、修験道の大本山聖護院から約50名の僧侶を招いて、会所前で護摩焚きが執り行われます。

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山の御神体(人形)として役行者(神変大菩薩)、一言主神、葛城神の三体を安置します。これらが巡行することになった経緯は不明ですが、役行者が一言主神を使って葛城と大峰の間に橋をかけたという伝承があるそうです。

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会所の奥に「役行者腰掛石」 役行者が金剛葛城の峰々や大峯山で修業に励んだ後、生地茅原の里から井戸伝いにこの地に駆け上がり、座って精神修行した石で、全身の凝り、特に肩こりが治るとされます。

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動画(YouTube)です。

「黒主山」 謡曲「志賀」にちなんで、六歌仙の一人、大伴黒主が志賀の桜花を仰ぎ眺める姿を題材にしています。

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山を飾る桜の造花は、家に悪事を入れないお守になるそうです。

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失火で町家(ちょういえ)を失ったのを機に5階建てビルを建造、祭りのときだけ町会所になります。粽やTシャツ、ハッピなどは黒を基調にした独特のデザインです。

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「八幡山」  八幡信仰が盛んだった歴史を反映した山です。

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山に乗る社殿は江戸時代後期天明年間の作と伝えられ、総金箔押しの華麗なものです。巡行では夫婦円満を象徴する雌雄の鳩が鳥居の上に
向かい合って止まります。

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いたるところに「八」の字に並んだ一対の鳩が描かれていて、会所には左甚五郎作の鳩(左)も飾られています。

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「北観音山」 「くじ取らず」で、毎年橋弁慶山に次いで2番目に巡行します。応仁の乱の時代から隣町の南観音山と交代で1年おきに山を出していたといわれます。

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外観は鉾と変わらずお囃子が乗りますが、屋根の上は真木ではなく真松を立てます。松の木は、毎年鳴滝から2本届けられ、南観音山と北観音山の代表がクジを引いて良い方の松を選ぶそうです。

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会所の2階に、山に乗る楊柳観音像(左)と韋駄天立像(右)が安置されていました。

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 「浄妙山」 平家物語の宇治川の合戦を題材にした山です。

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筒井浄妙が橋を渡って一番乗りをしようとした時、後から一来法師がその頭上を飛び越えて先陣をとってしまった場面を表します。巡行ではアクロバティックな格好が見られます。 橋には矢が突き刺さり、戦いの激しさを示しています。

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「鯉山」 龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の「登龍門」の伝説にちなんだ山です。厳しい修行をすれば立身出世するという教訓を意味しています。今年の後祭の1番くじを引き、巡行の2番目を行きます。

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御神体は木彫りの鯉で全長1.5mもあるそうで、周りに水しぶきが表現されています。

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2017年に完成した「デュオヒルズ京都室町通 鯉山町」 マンション17戸と1店舗がありますが、エントランスに鯉の絵が飾ってあります。

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「橋弁慶山」 弁慶と牛若丸が五条大橋で対決する場面を題材にしています。「くじ取らず」で、毎年後祭の巡行の先頭を行きます。

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会所には立派な五条大橋が飾られています。

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2階には牛若丸と弁慶が仲良く並んでいますが、巡行では派手な立ち回りを演じます。

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「南観音山」 北観音山のすぐ南にあるのですが、遠回りして来ました。「くじ取らず」で、毎年後祭の巡行の6番目を行きます。

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俗に「北観音山の観音は男であるのに対し、南観音山は女なので宵山の夜更けに翌日の巡行の無事を祈って「あばれ観音」の行をする」という伝承があり「あばれ観音」の別名があります。

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会所で御神体を見られませんでしたが、楊柳観音像と善財童子像が山に乗ります。

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大船鉾と鷹山がまだ残っています。どちらも途絶えていて、大船鉾は平成26年に巡行に復帰、鷹山は今年から巡行に加わるので、それらの復興の歴史とともに明日の記事で紹介します。

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コメント

お祭りの販売コーナーの子供たちの掛け声が、
京都らしさと涼しさを感じて、いいですよね。
独特のイントネーションです。

投稿: munixyu | 2019年7月23日 (火) 13:02

★munixyuさん こんばんは♪
子供たちの言葉は山鉾によって違い、しばらく聞いていると、クスッとなります。

投稿: りせ | 2019年7月23日 (火) 23:16

華やかさには欠けるかもしれませんが
祇園祭の宵山を ゆっくりとしっとりと
味わうには、もう絶対に後祭ですね。

投稿: 8mama | 2019年7月24日 (水) 03:08

★8mamaさん こんばんは♪
おっしゃるとおりだと思います。前祭の宵山、宵々山は大変な混雑で、しかもほとんどの南北、東西の通りが一方通行です。私みたいに、すべての山鉾を見て回ることは前提にしていないと思われます。

投稿: りせ | 2019年7月25日 (木) 23:24

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