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2019年7月 4日 (木)

醍醐寺三宝院庭園2019

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

醍醐寺三宝院庭園は春に撮った写真ですが、記事にしていませんでした。先日の銀閣寺庭園と同様に国の特別名勝・特別史跡に重複指定されている貴重な庭園です。向うは「唐門」。

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下の見取り図は以下の論文からの転載です(中根金作、醍醐寺三宝院庭園の構造と作庭手法、造園雑誌26巻1号、1962)。上が南で、右下の玄関から入り、表書院の外縁に沿って、右から左に歩きます。

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「三宝院」は平安時代末の永久3年(1115)、醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により密教の儀式を行う潅頂院として建てられました。下は「泉殿」からで、かってはここから先は写真撮影ができませんでした。

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室町時代の応仁の乱(1467‐1477)で三宝院は焼失、安土桃山時代になって、当時の座主・義演僧正が、この場所で焼失した「金剛輪院」を再興しました。

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1598年3月に豊臣秀吉による盛大な「醍醐の花見」が行われ、その際金剛輪院は増改築されました。(高い築山は富士山を表していて、かっては小石を敷き詰めて雪を表していたそうです。)

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左が亀島で、背中に樹齢600年以上という五葉松を乗せ、首がこちらに向いています。右が鶴島で、中央に羽根石という三角形の石と姫小松を乗せ、中央の石橋が鶴の首だそうです。

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橋が高い位置にかかっているのは、舟遊びで下をくぐるためだそうです。手前に「賀茂の三石」があります。一番左が「加茂川の流れが速い様子」、中央が「川が淀んだ様子」、右が「川の水が割れて砕け散る様子」を表しています。

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秀吉は翌4月から庭園の作庭に取り掛かり、庭奉行・新庄越前守の造園により、1598年5月庭園はわずか36日で完成したといわれます。

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当初は座観式庭園でしたが、秀吉没後、醍醐寺座主・義演准后(ぎえんじゅごう)が1599年から20数年をかけて作庭を続け、回遊式庭園に造り変えました。義演准后は金剛輪院に住し、三宝院の名跡を継ぎました。

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今まで見てきた池は南大池とよばれ、上の写真の石橋の左に西小池があります。右端に亀島から連なる三尊石があります。下は建物の下から流れ込んだ水が溜まる小池です。

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「藤戸石」 「天下を治めるものが所有する石」として、室町時代から歴代の権力者に引き継がれた名石です。秀吉は聚楽第の庭からここに運び込み、「主人石」として設置、庭園の中心としました。現在は左右にも石を置き、三尊石としています。

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藤戸石の奥に小さな祠があります。かっては秀吉を神格化した豊国大明神を祀っていました。しかし、豊臣家の滅亡後、徳川幕府の破却を恐れ、稲荷社と名を変えて存続してきました。現在は両方の名をとって「豊国稲荷大明神」と称しています。

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池の左端に3段の滝があります。

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この日は表書院の東(左)にある「純浄観」にも上がりました(別途拝観料が必要です)。太閤ゆかりの花見御殿といわれ、その下から西小池に水が流れ込みます。

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西小池と南大池が見渡せます。右奥の塀の向うに山門横の紅枝垂桜が見えています。

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池の東は枯山水となっていて、江戸時代中期以後に建てられた「枕流亭」が建っています。

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向うは純浄観と渡り廊下でつながる「本堂」で、快慶作の弥勒菩薩(重文)を祀ります。建物の中は撮影できません。

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本堂から見た純浄観、表書院、純浄観、本堂と少しずつ高い場所に建っています。

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本堂の裏から見た、池の東にある枯山水。ここから、建物の北の外縁を通って、裏庭を見ながら入口に戻ります。

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純浄観の裏庭、この水が西小池に流れ込みます。左は「宸殿」、正面奥は4畳半の茶室「松月亭」で、江戸時代末の建立と考えられています。茶室の前にある手水鉢は水中蹲踞とも呼ばれ、手を洗った水は池に落とされます。  

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純浄観と表書院の間から池が見えます。

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表書院から大玄関までに「勅使の間」、「秋草の間」、「葵の間」が並んでいて、それぞれ長谷川等伯一派の竹林花鳥図、秋の七草、葵祭の襖絵が飾あり、いずれも重要文化財です。向うの建物は「庫裡」(重文)です。

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玄関の正面の「鸞鳳(らんほう)」という書画。 鸞鳥と鳳凰はともに神獣で、君子など優れた人物、あるいは、夫婦や同志など強い関係にある者を表すそうです。 (玄関だけは撮影OKです。)

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コメント

安定しているような、してないような不思議な庭ですね。
しっかりと、ふわふわと。
緑の使い方なのでしょうね。

投稿: munixyu | 2019年7月 5日 (金) 18:02

★munixyuさん こんばんは♪
庭の全体を見ると、いろいろな要素があって少しごちゃごちゃしているかも知れません。かっては、誰でも憧れた藤戸石が中心にあって、インパクトがあったと思われます。

投稿: りせ | 2019年7月 7日 (日) 23:36

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