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2019年7月 3日 (水)

八神社 浄土寺の鎮守社と残された謎

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の銀閣寺の帰りに八神社を訪れました。銀閣寺の山門の前から北に行くと「一の鳥居」があります。その手前を右に行くと大文字山への登山道になります。(下は「祭器庫」あるいは大文字保存会の「倉庫」だと思われます。)

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「八神社」は、銀閣寺やかっての浄土寺の鎮守社で、このあたり一帯の産土神(うぶすながみ)として人々の信仰を集めてきました。「社務所」には「八神社氏子会」、「八神社樹下会」の看板もかかっています。

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「大文字保存会倉庫」 大文字送り火の準備として、5月にマツ割り木と松葉を大文字山から銀閣寺山門に下ろし、6月麦わら束を八神社倉庫へ搬入、7月八神社でマツ割り木の小割作業をします。

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八神社の創建は平安時代の大同年間(806-810)あるいは延喜年間(901-923)と伝えられていますが、社殿の火災によって記録が焼失してしまい詳しいことは分からないそうです。「二の鳥居」

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先ほどの「鎮守」とは、鎮座した土地やその住民を守る神、「産土神」はその土地で生まれた者がどこに行こうが一生守護する神とされます。石段の横に「手水舎」。

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石段の途中に末社の「雨社」があり、山林や水を司る「高龗神(たかおかみのかみ)」を祀っています。この神は河合神社や貴船神社にも祀られています。

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上に末社が見え、石段の横に紫陽花が咲いています。

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紫陽花は一株ずつ生えていて、植えたばかりのようでした。

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何年かすると紫陽花に囲まれた参道になるかも知れません。

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石段の上は「稲荷社」で稲倉魂命(うがのみたまのみこと)を祀り、五穀豊穣。商売繁盛のご利益があるとされます。

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稲荷社の左の石段をさらに上ると、八神社の社殿があります。左は拝殿(舞殿?)で、拝所・本殿は右にあります。

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建物の名称は分かりませんが、「神心流 詩吟・剣舞・扇舞 本部道場」という看板がかかっています。

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本殿には祭神として、高御産日神( たかみむすびのかみ)、神産日神(かみむすびのかみ)、生産日神(いくむすびのかみ)、足産日神(たるむすびのかみ)、玉積産日神(たまつめむすびのかみ)、

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大宮売神(おおみやのめのかみ)、御食津神(みけつかみ)、事代主神(ことしろぬしのかみ)の八神を祀っています。相殿として十禅師大明神を祀ります。上の写真は「拝所」です。

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本殿を護る狛犬は、いかつい顔ですが愛嬌があって足元も可愛い。

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祭神は、天皇の守護神として宮中の八神殿に祀られた八神と全く同じものです。このような神社は全国でも珍しいそうです。「本殿」

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拝所の横に願い事を書いた札や紙の絵馬がかかっていて、半数程度が外国語なのには驚きます。このあたり(浄土寺)には外国人が多く住んでいるためかも知れません。

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ところで、祭神の八神は、宮中八神殿が廃絶した後、江戸時代に吉田神社境内と白川家邸内に祀られ、明治以降は皇居の宮中三殿の一つとして復活しました。白川家は花山天皇の皇孫・延信王から始まり、代々神祇伯(神祇官の長官)となった公家です。

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この地にあった浄土寺では平安時代中期に有明親王(醍醐天皇の皇子)の妃・藤原暁子が出家し、有明親王の子・明救(みょうぐ)も入寺しました。(井戸の上に扇形の歌碑?がありますが、字が読めません。)

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以来、浄土寺は宮廷とのつながりが深く、中宮の安産や天皇の病気平癒などの祈祷も行ったそうでうす。その鎮守社であった八神社に天皇の守護神の八神を祀ったとしても不思議はありません。

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また神紋は「五三桐(ごさんのきり)」です。このような桐の紋は、室町幕府では貨幣に刻印され、これ以来皇室や室町幕府、豊臣政権などが用い、現在では日本国政府の紋章として用いられています(五百円硬貨にも)。

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現在では桐の紋は自由に使用できますが、当初は菊紋章とともに皇室専用の紋で、後に戦国大名から庶民にまで広がり、皇室はもっぱ菊紋章だけを用いるようになったそうです。拝所の屋根瓦

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神紋が創建当初からのものとすれば、祭神の八神とあわせて、八神社が当時の宮廷と何らかの繋がりがあったことがうかがえます。

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拝所の塀にかかっていた「八神社 釘隠・眷属玉眼 寄進」と書かれた板。各時代の釘隠が貼り付けられていて、眷属玉眼とは狛犬の目のことです。

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祭礼として、春季例祭(4月24日)、大祓式(6月30日)、扇子感謝祭(8月8日)、秋季例祭(10月24日あるいはその直前の日曜日、火焚祭(11月23日)などが行われます。

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社伝が失われてしまい、どのような経緯で宮中の八神が祀られたのか謎が残る神社です。。

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