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2019年5月 3日 (金)

平等院 藤とツツジと鳳凰堂

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

藤の花が見頃ということで、昨日は平等院に行ってきました。いつもとは違い、南門から入ります。「平等院」は、平安時代の権力者・関白藤原道長の別業(別荘)を、没後の永承7年(1052)にその子頼通が仏堂に改めたのが始まりです。

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鳳凰堂の裏を通って、藤棚がある境内の東に向かいます。途中に、浄土院と最勝院という二つの塔頭があり、下はそのあたりから見た鳳凰堂の屋根、中央は「尾廊」の屋根です。

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更に歩くと、尾廊の形が分かります。鳳凰堂は阿字池の中の島に東向きに建てられ、こちらは西側です。

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鳳凰堂の北(右手)に来ました。この後ろに内部拝観受付があり、別途拝観料が必要です。受付は16時10分までで、5月13日(月)から11月15日(金)の期間は、堂内修理のため内部拝観は休止となるそうです。

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もう少し先に藤棚があります。下は鳳凰堂側で、手前にあるベンチは満席状態です。

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この藤は樹齢約300年、数年前まで房の数が減り、長さも短くなって勢いがない状態が続いていました。(藤棚の周囲を一周します。藤棚の後ろに「観音堂」があります。)

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そこで、専門家の指導のもと樹勢回復を目的に剪定や土壌i改良を行ってきたそうです。

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一昨年からは樹勢が回復してきて、全盛期に近い状態になってきたようです。

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平等院では連日ホームページに藤の開花状況を掲載しています。

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昨日(5月2日)の段階では、「花房の長さ70~110cmで見頃」となっています。(下の写真の右は表門からの道です。)

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さらに、「今がまさに見頃で、今後は房の上の方から順に散っていく様子です。ご来院をご検討の方は早めをおすすめします」とあります。

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こちら側にはツツジもあって、こちらは見頃に近い状態です。 

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「観音堂」(重文)は鎌倉時代前期に、創建当時の本堂跡に再建された建造物とされています。

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藤棚の角は藤越しに鳳凰堂が見渡せて、絶好の撮影スポットになっています。最近では順番待ちの行列ができています。

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鳳凰堂が建設された背景には、平安時代中期から後期にかけての社会情勢と浄土信仰があります。この時代、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していました。

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平等院が創建された1052年は末法初年とされ、都の治安が乱れ、僧兵の強訴、疱瘡などの疾病の流行、火災などの混乱が続きました。この年、頼通は、別業の寝殿を本堂に改めて平安を祈念しました。

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「鳳凰堂」(国宝) 翌年、阿弥陀堂(鳳凰堂)が建立されて盛大な落慶法要が営まれました。鳳凰堂は、それぞれ独立した「中堂」、左右の「翼廊」、背後の「尾廊」からなり、全体の造形美のために配置されていると考えられています 。

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極楽の宝池(ほうち)に浮かぶ宮殿のように、鳳凰堂はその美しい姿を水面に映します。浄土思想では、阿弥陀如来が来世での極楽往生に導くとされ、頼道の娘・四条宮寛子は、対岸に小御所を建てて拝んだそうです。

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鳳凰堂の中堂内に、本尊として丈六、皆金色の「阿弥陀如来坐像」(国宝)が安置されています。本尊は仏師・定朝の晩年の作で、平安時代後期の藤原様式の最高傑作、和様化の極点といわれているそうです。

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鳳凰堂と阿字池からなる浄土式庭園は1922年に国の史跡及び名勝に指定されました。

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阿字池の南西の隅に御朱印所があります。長い行列ができていましたが、この日は拝観記念に並びました。印は屋根にのっている鳳凰がデザインされています。他に、本尊の阿弥陀如来の御朱印もあります。

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ここから表門の方に引き返します。

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観音堂の裏にある「扇の芝」 治承4年(1180)5月、後白河天皇の第3皇子・以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ)を奉じて、平家打倒を掲げた源頼政は宇治川で平家軍に追撃されました。ちなみに、「勅」は天皇、「令」は皇太子の命令を表します。

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頼政は以仁王を逃がすため平等院に立てこもりましたが、多勢に無勢で一族が皆討ち死にするにおよびこの地で自刃しました。右は頼政の辞世の句「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」。

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以仁王も逃げる途中に打ち取られ、頼政の挙兵は失敗に終わりました。しかし、以仁王の令旨の効果は大きく、源頼朝・義仲をはじめとする諸国の源氏や大寺社が決起、平家滅亡の契機となりました。

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コメント

藤の花に躑躅にのどかな鳳凰堂。
人で混んでいるとはいえ、この時期は
清々しくて気持ちがいいですよね。

投稿: munixyu | 2019年5月 3日 (金) 13:18

★munixyuさん こんばんは♪
確かに気持ちの良い日でした。ずっとこのくらいの日が続くといいのですが、梅雨や酷暑になるのですね。

投稿: りせ | 2019年5月 4日 (土) 23:55

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