« 葵祭2019 河原町から加茂街道へ | トップページ | 府立植物園 2019初夏 »

2019年5月18日 (土)

葵祭2019 上賀茂神社にて

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnw_0911a
※写真は全てクリックで拡大します。

加茂街道で葵祭の巡行を見た後、上賀茂神社に来ました。ここで行われる「社頭の儀」のために、行列の諸役は一の鳥居から二の鳥居まで参進します。

上賀茂神社の神前に供える御幣物を納めた「御幣櫃(ごへいびつ)」が通るところでした。路頭の儀では白丁にかつがれていましたが、ここでは上賀茂神社の神官が持っています。

Jnw_0747a

「牽馬(ひきうま)の儀」のために2頭の神馬も二の鳥居内に入ります。後に行われる走馬の儀で走る馬を神様にお披露目する儀式です。私がいる場所は有料の芝生席(東側)です。

Jnw_0771a

「風流傘」 路頭の儀では4人で交代しますが重労働のようです。

Jnw_0790a

勅使の代理「勅使代」、勅使は路頭の儀に加わらずに直接神社にやってきます。

Jnw_0795a

様々な諸用品が、この列にまとめられて運ばれます。斎王代列の高位の女官にかざしていた花笠もあります。

Jnw_0832a

それぞれの傘が異なる花で飾られています。

Jnw_0842a

斎王代列の諸役が参進、斎王代が腰輿(およよ)から降りて先頭を歩きます。

Jnw_0908a

加茂街道ではリラックスしていた「童女(わらわめ)」も ここでは真剣な表情で斎王代に付き添います。

Jnw_0928a

社頭の儀は勅使が主役で、斎王代は参列者の一人です。

Jnw_0934a

全ての女官が後に続きます。騎女も馬から降りて徒歩です。

Jnw_0964a

2台の牛車を引いた牛童が最後を歩きます。

Jnw_0987a

社頭の儀は、天皇陛下から託された祭文と御幣物を神社の祭神に奉納する儀式が中心です。

Jnw_0999a

しばらくしてから、一の鳥居の近くから上賀茂神社の宮司が「勅使」を案内して本殿まで参進します。勅使は天皇陛下からの御使いで、現職の宮内庁掌典職が派遣されています。

Jnw_1024a

「舞人」と「陪従(べいじゅう)」が勅使に従って参進します。陪従は歩きながら琴や笛を奏楽します。和琴は「河霧」の銘を持つ御物(ぎょぶつ、皇室の所有品)だそうです。

Jnw_1057a

社頭の儀は二の鳥居の内側で行われ、芝生席からは見えません。ただし、マイクで詳しく式次第の説明があり、内部の参列者に合わせて何度も起立・低頭(お辞儀)をさせられます。二の鳥居横で、検非違使の武官たちが式を護衛しています。

Jnw_1014a

解説は上賀茂神社の権禰宜の乾光孝氏で、アメリカ在住の経験もあり日本語と流ちょうな英語で説明していました。風流傘と花笠は二の鳥居の右手に置かれ、後ろにある紅枝垂桜は風流桜と呼ばれます。

Jnw_1001a

社頭の儀は1時間以上も続き日が傾いて逆光になるので、西の芝生席に移動しました。途中で、牽馬の儀を終えた2頭の神馬が二の鳥居から出てきました。二の鳥居内では引き続いて「東遊(あずまあそび)」の奉納があります。

Jnw_1098a

更に15分くらい経って社頭の儀が終わったようで、勅使が御所屋に移りこれから行われる「走馬の儀」を拝観します。

Jnw_1138a

ところで、葵祭に馬を走らせるのでしょうか?(新たに7頭の馬が二の鳥居の中に入ります。)

Jnw_1145a

その理由は、上賀茂神社の創建神話に示されています。こちらの乗尻(騎手)は騎乗のまま参拝します。

Jnw_1160a

数千年前の神代の時代、天上で雷鳴が轟き、一本の丹塗矢(にぬりのや)が降ってきました。(参拝を済ませた乗尻が勅使に拝礼します。)

Jnw_1166a

その矢が瀬見の小川(現在の賀茂川上流)を流れて来た時、身を清めていた賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)は不思議に思い持ち帰りました。

Jnw_1202a

その矢を丁重に扱い、床に挿して眠ったところ、矢に籠もっていた不思議な力によって懐妊して、立派な男児を産みました。(最初の乗尻が一の鳥居の前で落馬してしまいました。)

Jnw_1204a

式は中断され、落馬した方は救急車で運ばれましたが、その後の情報がありません。時々このような事故があるそうで、大事にならなかったことを信じて記事を続けます。(勅使は最初の神馬が走った後、退席されました。)

Jnw_1213a

生まれた神は御子神(みこがみ)と名付けられ、外祖父の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)によって成人を祝う七日七晩の宴が催されました。その際に「父と思う神に盃をすすめよ」と外祖父はいいました。

Jnw_1215a

御子神は傷ついたようで、「父は天神(あまつかみ)なり」といって盃を天に向けて投げ、屋根を破って雷鳴とともに天へ昇ってしまいました。

Jnw_1221a

御子神は賀茂別雷神(かもわけいかずちのみこと)と名付けられましたが、母神は突然の昇天に嘆きました。後に夢の中で「葵を飾り、馬を走らせてまつりをせよ」との別雷神のお告げを聞きました。

Jnw_1249a

その通りしたところ、立派な成人の姿となって別雷神は境内の北方にある、神山(こうやま)に降臨しました。そこで祭りごとが始まったのが上賀茂神社の起源だという神話です。

Jnw_1272a

乗尻は賀茂競馬と同様に、賀茂県主(あがたぬし)同族会、すなわち、神社を創建した賀茂氏の子孫の皆さんです。危険を伴う様々な乗馬の作法があり、みな小さいときから訓練をしているそうです。(走馬の儀が終りました。)

Jnw_1343a

社頭の儀で斎場となった細殿(拝殿)の前の立沙。祭神の別雷神が降臨した神山をかたどっていて、頂上に生えていた松の木を目印に降りてきたので、いつもは立砂のてっぺんに松の葉が刺してあります。この日はありませんでしたが、理由は分かりません。

Jnw_1369a

西の参道(車道)からは本当の神山が見えます。

Jnw_1372a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnw_1301a

|

« 葵祭2019 河原町から加茂街道へ | トップページ | 府立植物園 2019初夏 »

コメント

説明文でよく分かりました。私は、道路端で葵祭りを見ただけですか゛、象さんのしっぽに触っただけだったんだなという事が分かりました。それにしても、斎王代の列は、あでやかですね!
私も上賀茂神社に行った事あります。
風そよぐならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏のしるしなりける
これが御手洗川なのかな?と思って手を浸けました。
斎王代の列の女の人は、厚着で暑かろうから、ならの小の
水に、足を浸けてあげたいですね。

投稿: たっちゃん | 2019年5月18日 (土) 10:38

落馬することもあるのですね。
馬も人間も生き物だから,やっぱり難しいのですね。

投稿: munixyu | 2019年5月18日 (土) 20:15

★たっちゃんさん こんばんは♪
写真を主としているので、説明文はできるだけ簡略にしています。それでも、参考になったとしたら嬉しいです。ならの小川は木陰を流れて水量もあるので、涼し気ですね。いつも子供たちが水遊びをしています。確かに、厚手の着物を着て歩くのは5月中旬が限界ですね。

投稿: りせ | 2019年5月19日 (日) 23:56

★munixyuさん こんばんは♪
今回の落馬事故は、ちょっと考えさせられました。走馬の儀の解説では、神馬には江戸時代の馬具を使用しているとおっしゃっていました。ところが、そばて見学していた人によると、馬を止めようとして足を踏ん張ったときに、あぶみが壊れて落馬したそうです。伝統の馬具でも、安全性を確かめなればいけないと思いました。

投稿: りせ | 2019年5月20日 (月) 00:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 葵祭2019 河原町から加茂街道へ | トップページ | 府立植物園 2019初夏 »