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2019年5月25日 (土)

黄昏の宮川町を歩く

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の西花見小路を歩いた後、宮川町に来ました。右は「団栗橋公園」、左は居酒屋の「まもりや」。もう暗くなってきたので、写真からはお店の名前が分からないものが多くなってきました。

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「tonbo T cafe(トンボティカフェ)」 かってお茶屋さんだった建物を改装したカフェです。宮川町は今まで何度も記事にしていますので、今日は説明を省略して、お店の名前と業種だけです。

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「レンタサイクルえむじか祇園店」 ほとんど英語で書いてあります。

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宮川町は上七軒、祇園、祇園東、先斗町とともに、京都の五花街(かがい)の一つです。宮川町には置屋とお茶屋が40軒程度あり、祇園甲部に次ぐ規模(芸舞妓の所属数)だそうです。

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ちなみに、3番目以下は先斗町、上七軒、祇園東の順です。下は居酒屋の「鴨きく」。

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ゲストハウスの「楽座」

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このあたりにはゲストハウスがかたまっています。

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「プレサンス祇園宮川町」 こちらはマンションです。

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「京都ゲストハウス祇園宮川町グランレブリー」

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「心 花雫」 レンタル着物、舞妓・花魁体験のお店。

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占いの「京祇園 宮川塾」

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花見小路とは違い、この通りは電柱が残っていて電線が地中に埋まっていません。

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置屋の「岩井」

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すき焼き、しゃぶしゃぶの「祇園宮川町 水源亭」

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お茶屋の「駒屋」

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ところで、置屋とお茶屋の違いは既にご存知の方が多いと思いますが、以下で簡単に。ナイトクラブ「香雪庵」

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置屋は芸舞妓が所属するタレント事務所のようなものです。ただし、修行中の舞妓は置屋に寝泊まりして、踊りや唄、三味線、茶道、華道、接客や礼儀作法、しきたりなどを徹底的に仕込まれます。(川端通に通り抜けできます。)

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そこでは、女将さんが「お母さん」と呼ばれ、家族的な関係の中で昔ながらの教育が行われます。このようにして育成された「舞妓」は現在では京都の五花街のみに残っています。蕎麦の「二葉」

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一方、お茶屋は芸舞妓を呼んで、料理や酒を頂きながら楽しむ場所です。料亭と違うところは、お茶屋では調理せずに仕出し屋から料理を運んでもらうことです。お茶屋の「寿賀富」

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「宮川町歌舞練場」 この写真を撮ったのは「京おどり」(4月1日~16日)の期間でした。花街の歌舞練場は芸舞妓の練習場、かつ芸を披露する劇場になっています。また、ここには「東山女子技芸学校」が設置されています。

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昭和43年(1968)東山女子学園が設立され、翌年学校法人の認可を受けました。修業年限は5年で、授業科目は日本舞踊(若柳流)、長唄、常磐津、笛、茶道、鳴物、箏・地歌、小唄・端唄だそうです。こちらは川端通にある歌舞練場・東山女子学園の正門。

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上記の科目のうち、日本舞踊、三味線、囃子(鳴物、笛)茶道が必須科目だそうです。下は置屋の「河よ志」。

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「宮川町 近江栄」 ワインバーだそうです。

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お茶屋の「花傳」 Googleマップを見ているとお茶屋はカフェ・喫茶となっていて、ちょっと笑いました。

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「澤食(さわい)」 宮川町で最古の茶屋旅館だそうです。

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置屋で育成された舞妓は20歳になると一人前と見なされ、そのまま仕事を続ける人は(置屋と個人契約して)芸妓と呼ばれます。お茶屋の「たまや」、右に通り抜けがあります。

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ただし、芸妓となっても芸事の修行は続き、上の東山女子技芸学校は芸妓には修業年限に制限がないそうです。バーの「美津家」

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松原通から川端通に出て、帰宅するために四条京阪まで戻りました(最後の写真)。

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コメント

宮川町歌舞練場。
お母さんが昔、京おどりを見に行った様で、
懐かしいと言っています。

投稿: munixyu | 2019年5月25日 (土) 18:32

京都では踊りは3か所で見ました。
京都は花街といつても、風情も歴史もあっていいですね。
「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」高杉晋作
とは、志士も、なかなか粋でいいですね。

投稿: たっちゃん | 2019年5月26日 (日) 00:12

★munixyuさん こんばんは♪
現在の宮川町の歌舞練場は昭和44年(1969)に建てられたそうで、お母さまはこの建物でご覧になったのでしょうね。

投稿: りせ | 2019年5月27日 (月) 00:32

★たっちゃんさん こんばんは♪
晋作の都都逸で唄われた遊女の世界は、今の祇園には見られないと思います。彼の寓居が縄手通の白川橋の近くにあり、その建物は明治になって料亭になり、晋作の部屋も長く保存されていたそうです。でも、建物が取り壊され、その跡を示すものもなくなってしまったようです。

投稿: りせ | 2019年5月27日 (月) 00:57

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