« 城南宮 四時代の庭を巡る | トップページ | 御苑梅林あたりを歩く »

2019年3月 6日 (水)

北野天満宮 梅の本殿・摂社を巡る

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnu_0461a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は北野天満宮に行ってきました。境内にあるたくさんの種類の梅はほとんどが開花して、見頃に近いものもありました。「北野天満宮」は、菅原道真を祭神として祀る全国約1万2000社の天満宮、天神社の総本社です。参道には奉納された撫で牛が並んでいます。

Jnu_0481a

参道の途中にある「伴氏(ともうじ)社」 菅原道真の母を祀り、彼女が大伴氏の出身だったのでこの名で呼ばれています。誠実で優秀な学者を育てたことにちなんで、子どもの成長と学業成就を願う母親に信仰されているそうです。

Jnu_0485a

平安時代中頃の947年、西ノ京に住んでいた多治比文子(たじひのあやこ)や近江国比良宮の神主・神良種(みわのよしたね)、北野朝日寺の僧・最珍らがこの地に神殿を建て、道真を祀ったのが北野天満宮の始まりとされます。

Jnu_0504a

楼門をくぐった正面の参道の右手に、手水舎や大きな撫で牛があります。この参道沿いには様々な建物が並んでいますが、本殿は一筋西の参道にあります。

Jnu_0523a

西の参道にきました。本殿までの途中に菅原道真に関わる重要な四つの摂社があります。

Jnu_0525a

「白太夫社」 道真の父が子授けと安産祈願を託した神官・度会春彦(わたらいはるひこ)を祀ります。度会はのちに道真の守役として大宰府までお供しました。若いころから頭髪が白かったので「白太夫」と呼ばれていたそうです。

Jnu_0527a

「福部社」 祭神の「十川能福(そごう のうふく)」は、道真の舎人(牛車を引く牛の世話役)だった人物です。牛は、道真を救ったり、亡骸を葬る場所を知らせるなど、道真にとって特別な存在でした。金運や開運招福を司る「福の神」として信仰されています。

Jnu_0531a

「老松社」 祭神の島田忠臣は道真の家臣、あるいは夫人の父ともいわれ、道真が配流先で天拝山に登って無実を神に訴えたときお供をした人物です。彼が松の種を蒔いたら多数の松が一夜にしてこの地に生じたという伝説があり、 植林と林業の神です。

Jnu_0534a

「火之御子社(ひのみこしゃ)」 祭神は火雷神で、天満宮創建以前からこの地に鎮座し、雷除け、五穀豊穣のご利益があるとされます。道真の悪霊は(火)雷神と考えられており、それを鎮めるため、他の天満宮・天神社でもこの摂社を祀ることが多くあります。

Jnu_0545a

「三光j門」 本殿前の中門にあたり、日・月・星の彫刻があることから三光門と呼ばれます。ただし、実際には星の彫刻はなく、「星欠けの三光門」として七不思議の一つに数えられています。昨日のテレビで、権禰宜さんが星は天の北極星だとおっしゃっていました。

Jnu_0551a

「社殿」は本殿と拝殿からなり、石の間、楽の間を連結した日本最古の八棟造(権現造)です。現在の建物は慶長12年(1607)に造営され、桃山時代の華麗な装飾とともに、歴史的に貴重な建築として国宝に指定されています。本殿前の広場は回廊で囲まれています。

Jnu_0577a

本殿前のご神木の紅梅が咲いていました。大宰府に左遷された道真を慕い、京都から大宰府に一晩で飛来したという「飛梅伝説」の木の子孫とされます。推定樹齢300年で、近年は衰えが目立ち、各地の梅林で広がっているPPVの感染も心配されました。

Jnu_0589a

北野天満宮と住友林業が保存方法を検討して、冬芽の先端を組織培養して5年余りかけて高さ10~15センチのクローン苗木6本を作ることに成功しました(2015年3月)。

Jnu_0608a

一昨年春には、約50㎝に育った苗木をこの場所に埋め戻し、「飛梅の里帰り」として話題になりました。北野天満宮は、培養した苗木を「平成の飛梅」として全国の天満宮に贈ることを検討しているそうです。

Jnu_0611a

本殿前の左から回廊を出て、左回りに摂末社を巡ります。左は「大判事(だいはんじ)社」で秋篠安人卿(あきしののやすんどきょう)を祀り、立身出世の守り神です。右は「三位殿社」(菅原在良、学業成就)。 以下、カッコの中は祭神とご神徳(ご利益)です。
Jnu_0630a

「七社」 左から和泉殿社(菅原定義、学業成就)、宰相殿社(菅原輔正、学業成就)、周枳社(すきしゃ)(天稲倉宇気持命、豊宇気能媛、縁結び 夫婦円満)、一拳社(ひとこぶししゃ)( 一言主神、一願成就)、那伊鎌社(ないかましゃ)(建御名方命、農業の守護)、若松社(若松章基、?)、八幡社(誉田別尊、応神天皇、厄除け)。

Jnu_0676a

「四社」 松童社(まつどうしゃ)(神太郎丸(みわのたろうまる)、厄除け)、夷社(事代主命、漁業・商業繁盛)、文子社(あやこしゃ)(多治比文子、相殿として神良種(みわのよしたね)、太郎丸、最鎮、?)、神明社(天照大御神、豊受大御神、家内安全・家業発展)。

Jnu_0697a

「八社」 荒神社(火産神(ほむすびのかみ)、興津彦神、興津媛神、火と台所の守護)、貴布禰社(高龗神(たかおかみ) 水の守護 運気発祥)、今雄社(いまおしゃ)(小槻宿祢今雄(こづきのすくねいまお)、仕事の守護)、早取社(日本武尊、災難厄除け)、御霊社(道真の眷属神の御霊、開運招福)、安麻(あま)神社(道真の息女、悩み事・憂い事の救済)、高千穂社(瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、五穀豊穣)、福部社(前述)。

Jnu_0709a

北西の隅に「絵馬所」があります。学業成就、合格祈願などの絵馬は、毎年数万枚に及ぶそうです。以前は境内の南西の隅にありましたが、受験生の数が減ってきたのか規模が小さくなったようです。

Jnu_0715a

「十二社」 崇道天皇社(崇道天皇、五穀豊穣)、吉備大臣社(吉備真備、家内安全)、櫻葉社(伊予親王、喉の病気平癒、音楽・声楽・謡曲上達)、白太夫社(前述)、老松社(前述)、太宰少貳社(だざいのしょうにしゃ)(藤原広嗣、武道上達の守護 恵雨)、

Jnu_0739a

淳仁天皇社(淳仁天皇、心願成就)、文太夫社(ぶんたゆうしゃ)(文屋宮田麿(ぶんやのみやたまろ)、延命長寿)、藤太夫社(とうだゆうしゃ)(藤太夫吉子、大願成就)、橘逸勢社(はやなりしゃ)(橘逸勢、病気平癒)、大門社(大門内供奉(だいもんないぐぶ)、災難除け・難問解決)、寛算社(かんざんしゃ)(寛算入寺、歯痛平癒)。

Jnu_0742a

本殿の真後ろの「御后三柱(ごこうのみはしら)」は、道真の祖神の天穂日命、祖父の菅原清公、父の菅原是善を祀っています。かっては、天満宮の参拝はこの裏の三神も含めて礼拝するのが作法だったそうです。

Jnu_0764a

ここにも、道真の家臣・島田忠臣を祀る「老松社」があり、本殿の裏から道真を守っているかのようです。同じ名の摂末社でも、ここに祀られた経緯が異なるのかも知れません。また、ご神徳が?となっているのは、霊を祀りご利益を求める対象ではないのでしょう。

Jnu_0767a

「地主(じぬし)社」 北野天満宮の創建以前からあり、境内で最も古い社です。天地すべての神々「天神地祇」を祀っています。楼門からの参道はこの社に通じていて、地主社を尊重して本殿をずらして建造したといわれています。

Jnu_0772a

「文子天満宮」(菅原大神(道真)、入試・学業成就 ) ご神託を授かった多治比文子が、最初に菅原道真を祀った社とされます。4月第2木曜もしくは第3木曜に神幸祭、神幸祭の日に続く日曜に還幸祭があります。

Jnu_0793a

「手水舎」、立派な造りです。東参道(上七軒)から来る方はここで手と口を清めます。

Jnu_0835a

「竈社(かまどしゃ)」(庭津彦神、庭津姫神、火産霊神(ほむすびのかみ)、台所の守護)、右に茶室「名月舎」があります。

Jnu_0843a

以上で、本殿の周囲にある摂社・末社を全て紹介しました(その他に、梅苑の周囲には六つの摂末社があります)。楼門の正面の参道の左(東)には「社務所」があります。

Jnu_0879a

さらに南には「宝物殿」があり、「北野天神縁起絵巻 承久本」(国宝、展示は複製)や古文書、刀剣、蒔絵や屏風、茶道具などの工芸品が展示されています。

Jnu_0886a

この日は梅苑には入らず、もう一か所、気になっていた梅を見に行きました。梅苑は週末(金・土・日)にはライトアップされ、夜間入苑ができます。

Jnu_0905a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnu_0599a

|

« 城南宮 四時代の庭を巡る | トップページ | 御苑梅林あたりを歩く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 城南宮 四時代の庭を巡る | トップページ | 御苑梅林あたりを歩く »