« 京都御苑 梅と桃と糸桜(近衛邸跡) | トップページ | 京都御苑 厳島神社へ »

2019年3月24日 (日)

京都御苑 桃林から白雲神社へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnu_4317a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の京都御苑の北西にある児童公園から南に歩くと、先日完成した中立売休憩所があります。レストランや無料休憩スペースに加えて、苑内の施設や自然、イベントなど総合的な情報を発信する情報展示コーナーがあるそうです。

Jnu_4308a

休憩所がある中立売地区は蛤御門からの道までで、その南に桃林や梅林があるブロックがあります。

Jnu_4336a

桃林の中の道を歩きます。

Jnu_4353a

北東には京都御所、手前に樹齢300年といわれる椋の大木があります。ここにあった公家の清水谷家はかつて吉田村にあり、吉田神社の屋根に生えていた椋を神木として移植したといわれています。ここは蛤御門の変の激戦地でもあります。

Jnu_4369a

夕方になると皇宮警察の小さなパトカーが巡回します。

Jnu_4380a

さらに南に歩きます。

Jnu_4389a

途中から梅林になります。今年ここを訪れるのは3回目ですが、まだ見頃の状態が続いていました。

Jnu_4391a

道を隔てて東にはかってここに公家屋敷があった場所を示す「西園寺邸跡」の看板があります。

Jnu_4410a

その南に「白雲神社」があります(TOPの写真も)。京都御苑に三つの神社、宗像神社、厳島神社、白雲神社はいずれもここに住んでいた公家の鎮守社だったという歴史があります。

Jnu_4414a

鎌倉時代前期の元仁元年(1224)、西園寺公経(きんつね、1171-1244)が別荘の北山殿(北山第)を造営し、その鎮守社として妙音堂を建立し、妙音弁財天を祀ったといわれています。

Jnu_1108a

藤原公経は鎌倉幕府や朝廷とも関係が深く、太政大臣、従一位まで昇り詰めた有力公卿でした。広大な敷地を持つ北山殿には、氏寺として浄土宗の「西園寺」が創建され、複数の院坊、不動堂、五大堂、妙音堂などが建ち並びました。(絵馬堂)

Jnu_1135a

以後、西園寺公経と称されるようになり、公経は琵琶の名手で、歌にも秀で新古今和歌集以下の勅撰集に入集しています。小倉百人一首の入道前太政大臣は西園寺公経のことです。(手水舎)

Jnu_1137a

室町時代になると西園寺家も力を失い、北山殿は将軍・足利義満に譲られ、義満は山荘を大改修して舎利殿び金閣を建てました。西園寺家は、室町頭(上京区)に移ったといわれています。(拝殿)

Jnu_1130a

本殿には宗像三女神のひとつ、市杵島姫命(いちしまひめのみこと)を祀ります。明治初年の神仏分離令で、神社では仏教の神・弁財天をそれまで同一視されてきた日本神話の神・市杵島姫命と改めました。しかし、現在でも人々は弁天さんと呼んでいます。

Jnu_1132a

この弁才天像は、胎蔵曼荼羅と同じく2臂の坐像の菩薩形で、琵琶の宗家・西園寺家が信仰してきただけあって琵琶を演奏する珍しい姿です。様式的にも鎌倉時代初期のもので、日本における2臂弁才天の最古の例だそうです(拝殿の前)。

Jnu_1125a

その後の妙音堂はいくつかの変遷を経て、一時京極寺の鎮守社・八幡宮(赤八幡宮)に遷座したことが分かっています。京極寺は上御霊神社の北(北区小山下総町)にありましたが廃寺となっています(本殿の左奥)。

Jnu_1176a

江戸時代中期の明和6年(1769)、西園寺邸が現在地(京都御苑)へ移転することになり、西園寺公晃、賞季が勅許を得て邸内に妙音堂を再興しました。(本殿の裏にある「薬師石」、別名「御所のへそ石」)

Jnu_1162a

前面には人面を思わせる凹凸があり、古くから神が降臨した磐座として大切にされてきたそうです。この石を撫でてから患部をさすると、病気や怪我の回復に功徳があるとされます。

Jnu_1173a

明治2年(1869)西園寺公望はこの地に私塾「立命館」を開いたので、この地は立命館大学発祥の地でもあります。一方で、明治初年に東京遷都が定められ、その後他の公家たちとともに西園寺家も東京へ移りました。(

Jnu_1152a

しかしながら妙音堂は現在地に残され、明治11年(1878)地元有志の尽力により、かつての鎮座地名にちなんで白雲神社に改められました。(本殿の右奥にあるの「福寿稲荷神社」はかって西園寺家の屋敷神として祀られていました。)

Jnu_1155a

「絵馬堂」には衣笠泰介(たいすけ、1989-)が奉納した絵馬が掲げられています。氏は自閉症で小さい頃から絵に没頭、最近になってその才能が認められました。様々な受賞や絵画展入選をはたし、企業とのコラボレーションも多くあります。

Jnu_1117a

上の絵馬は、積極的な制作活動を始めた初期の作で、その成功を祈願して奉納されたものと思われます。秘仏とされる弁才天像が想像されます。下の絵馬は宮司さんの作です。

Jnu_1146a

白雲神社からさらに南に出水口からの道があります。ここにも桃がありました。

Jnu_4444a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnu_4378a

|

« 京都御苑 梅と桃と糸桜(近衛邸跡) | トップページ | 京都御苑 厳島神社へ »

コメント

まだ朝晩が寒いですが、
お昼間はだいぶ暖かくなってきましたので、
梅ものんびり楽しめそうですね。
いい時期です。

投稿: munixyu | 2019年3月24日 (日) 12:22

★munixyuさん こんばんは♪
今年は何度も京都御苑の梅林を訪れて、桜と違って梅の見頃が長く続くことが分かりました。、

投稿: りせ | 2019年3月25日 (月) 23:53

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 京都御苑 梅と桃と糸桜(近衛邸跡) | トップページ | 京都御苑 厳島神社へ »