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2019年3月 4日 (月)

城南宮 枝垂れ梅咲く春の山

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の続きで、城南宮の神苑「楽水苑」に入ります。朱の鳥居を入った左に拝観入り口があり、様々な椿が植えられている道をしばらく歩きます。

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楽水苑には『源氏物語』に描かれた80種あまりの草木が植栽され、源氏物語花の庭ともいわれています。趣の異なる5つの庭から構成されていて、最初に訪れるのは「春の山」です。下の写真の向こうが散策路の一番高い場所です。

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この庭はお椀を伏せたような築山になっていて、散策路は一旦上に登った後、斜面に沿って緩やかに回りながら下っていきます。一番高いところには石組みの滝があり、小川となって水が流れ下ります。

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この庭には椿、枝垂れ梅、三つ葉ツツジと春の草木が植えられ、現在は枝垂れ梅が見頃となっています。

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春の山には約150本の枝垂れ梅があり、うすべに色の梅が基調となり、紅白の梅が彩を添えます。

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源氏物語の主人公・光源氏は、平安京の六条京極付近に四町を占める大邸宅「六条院」を造り、主だった夫人や子女を住まわせました。

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四町は四季を象徴してそれぞれに邸宅と庭があり、季節の移り変わりを愛でて様々な遊びを行いました。

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白河上皇(1053-1129)はこの「六条院」に触発され、近臣の藤原季綱が献上した鳥羽の別邸を拡張して、院政の拠点となる鳥羽離宮(城南離宮)の造営を開始しました。

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大池を掘り、山を築くなどして大がかりな造園工事が行われました。鳥羽離宮は、現在の上鳥羽、竹田、中島、下鳥羽に渡る180万㎡の広大な敷地を有していたといわれます。

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後の鳥羽上皇(1103-1156)の頃に離宮はほぼ完成し、南殿、北殿、泉殿などが築かれ、それぞれに邸宅や庭園がありました。

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平安時代後期の院政期(には、鳥羽離宮は岡崎の白河とともに政治や王朝文化の中心地となりました。周辺には町ができ、さながら第二の平安京のようだったといわれています。

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離宮は大きな池が大半を占め、各地から名石が集められ、中の島が築かれました。池に舟を浮かべて、管絃の遊び、花見の宴、和歌の会などが催されました。(向うに一番下の道が見えてきました。)

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一番下の道は築山の周囲を回る平坦な道で、梅の木の向こうに上の道が見えます。

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鳥羽離宮に築かれた「秋の山」と対になるように、こちらの春の山が造られました。この道沿いに目立つ深紅の梅があります。

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城南宮の境内やこの神苑もかっての鳥羽離宮の敷地に含まれていて、春の山は離宮の遺構を利用したともいわれています。(写真にはあまり映らないようにしていますが、この日はかなりの混雑でした。)

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鳥羽離宮は鎌倉時代から室町時代初め頃まで歌の会が開かれたといわれていますが、戦乱の時代とともに衰退しました。(上から流れてきた小川と交わるあたりから、下の道は折り返します。)

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この後、様々な時代の庭を象徴した四つの庭園を巡ります。(下の道沿いの一角に竹林があります。)

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散策路は最後に築山の麓を通り抜け、次の平安の庭に向かいます。

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