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2019年2月 5日 (火)

節分 聖護院の三寺社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

平安神宮の節分祭の前後に、聖護院門跡、須賀神社、熊野神社を訪れました。これらの寺社はいずれも「聖護院」という地域にあります。上下の写真は本山修験宗総本山の「聖護院門跡」で、山門の前から行列ができていて、鬼がうろうろしています。

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行列は、この日(2月3日)の「節分会」で行われた甘酒の接待でした。

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この日は全国から山伏が集まり午後1時から追儺式・山伏福豆まきがおこなわれます。少し焚火で温まって、

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本堂の前を覗いてきます。ちょっと色が違いますが、こちらが青鬼でしょうか?

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本堂には不動明王が祀られています。人々に正しい知恵を授け、利剣で業や煩悩を切り取り、それらを羂索で捕らえて背後の業火で燃やす強烈な本尊です。午後3時から厄除開運の採燈大護摩供が行われ、本堂の前には護摩壇が作られていました。

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本堂の左には梅が咲いています。この日は聖護院門跡の境内から東にある積善院凖提堂へ抜けられるようになっていて、その向かいに

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「須賀神社・交通神社」があります。ここでも節分祭が行われていて、狭い境内は参拝者でいっぱいです。

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烏帽子に水干、覆面姿のちょっと異様な格好をした「懸想文(けそうぶみ)売り」が出ています。

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懸想文とは恋文、ラブレターのことでかっては梅の枝に付けていたそうです。この怪し気な格好には訳があります。

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平安時代以来、読み書きのできない庶民のために、公家が身分を隠して恋文の代筆、代読を行っていた姿を表しています。公家たちも生活が苦しく、顔を隠して懸想文で副収入を得ていたようです。

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この風習は明治以降なくなりましたが、節分の時だけ須賀神社に懸想文売りが現れます。この文を鏡台や箪笥に入れておくと、容姿端麗になり、衣装も増え、良縁に恵まれるといわれています。

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ちなみに、懸想文の表は梅の花の絵と「むすほれし 霜はうちとけ 咲く梅の 花の香おくる 文召せやめせ 」と和歌が書いてあるそうです。

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少しずつ本殿の方に近づいてきました。

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右の須賀神社には素戔嗚尊とその妻・櫛稲田比売命(くしいなだひめのみこと)を祀り、縁結び、夫婦和合、厄除けの信仰があります。素戔嗚尊は牛頭天王と同一視されてきた歴史があり、明治時代になってから祇園社を始め多くの神社の祭神が改められました。

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左の交通神社には久那斗神(くなどのかみ)、八街比古神(やちまたひこのかみ)、八街比売神(やちまたひめのかみ)が祀られ、交通安全、旅館業守護などのご利益があるとされています。

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本殿の左手前に「白龍大明神」と「稲荷大明神」を祀る摂社があります。白龍大明神は厄除け開運をもたらし、稲荷大明神は五穀豊穣、商売繁盛の神です。

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この後、平安神宮の節分祭を見に行きました。

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平安神宮・節分祭の最後の大火焚神事を見てから、東大路丸太町の交差点まできました。ここには熊野神社があります。

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熊野神社の節分祭は既に終わっていましたが、まだ多くの人出がありました。

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祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、天照大神、速玉男尊(はやたまのをのみこと)、事解男尊(ことさかのをのみこと)で、縁結び、安産、健康長寿のご利益があるとされています。

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熊野神社を始め京都の古社では、元旦から2月15日までの期間「京都十六社 朱印めぐり」を行っていて、一年間のあらゆるご利益が得られるとされています。ここでも焚火で温まっていきます。

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本殿の右手で、茶菓の接待がありました。

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帰宅途中でしたが、ここで一休みしました。接待の生八ッ橋に加えて、みたらし団子もいただきました。

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もう一度聖護院門跡に立ち寄ると、既に護摩供は終わったようで山伏たちが集まっていました。

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本堂の前の護摩壇ではまだ火が残っていました。

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コメント

懸想文。
身分を隠して売っていたのですね。
余計に目立つような気もしますが、
面白い文化ですね。

投稿: munixyu | 2019年2月 5日 (火) 11:20

★munixyuさん こんばんは♪
懸想文とはラブレターのことです。公家が身分を隠して代筆をした懸想文は、プロですからそれなりに効果があったのでしょう。そこから、顔を隠した公家姿の懸想文(お札)売りが生まれたのだと思われます。

投稿: りせ | 2019年2月12日 (火) 21:54

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