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2019年1月12日 (土)

摩利支天堂(禅居庵) 初詣で賑わう

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都ゑびす神社を後に、斜め向かいにある禅居庵の摩利支天堂を訪れました。「禅居庵」は小笠原貞宗が元弘年間(1331-33)に創建した建仁寺塔頭で、建仁寺第23世・清拙正澄(せいせつしょうちょう、1274-1339)が開山(初代住持)として晩年を退隠しました。

下は建仁寺境内の南西にある禅居庵の山門、こちらからも摩利支天堂に行けますが、この日はTOPの写真の八坂通に面する南門から入りました。

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清拙は1274年中国元の福州に生まれ、15歳のとき出家、各地の寺で修業、住持を務めました。1326年52歳のときに日本に招請され来朝、北条氏に迎えられ鎌倉建長寺に入り、浄智寺、円覚寺の住持となりました。(下は十日ゑびすで賑わう大和大路通。)

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1333年に後醍醐天皇の招きにより上洛し、建仁寺住持に着任、引き続いて勅命により南禅寺住持にも就任しました。老年となり死期を悟った清拙は南禅寺住持を辞して、退隠先の建仁寺禅居庵で臨終を迎えました。(下は大和大路通に面する西門。)

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清拙は、唐僧・百丈懐海の忌日である正月17日に営む「百丈忌」の法要を日本で初めて励行したことでも知られ、1339年正月17日自ら設けた百丈忌の当日禅居庵で死去、享年66歳。大鑑禅師と諱(おくりな)されました。(南門から、正面が摩利支天堂。)

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摩利支天堂には清拙が中国より請来した摩利支天を祀ります。境内にはあちこちに狛猪を始め猪の像がありますが、猪は摩利支天の眷属(けんぞく、神の使い)です。

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禅宗寺院では境内に、本堂の本尊とは別に鎮守を祀ります。 毘沙門天、弁財天、大黒天などの天部と言われる神々の他にも、陀枳尼天(稲荷)や、天神などを祀る寺院もあります。天災地変・火災盗難などから境内・諸堂を護り、仏法の興隆を願うためです。

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天部とは古代インドのバラモン教の神々が仏教に取り入れられ、仏教の守護神、護法神となったものを総称したもので、摩利支天もその一つです。「摩利支」はサンスクリット語のMarici(マリーチ)を表し、威光、陽炎が神格化した古代インドの女神です。

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実態の無い陽炎は捕らえられ害されることがないので、摩利支天は絶大な神通自在の力をもち、その威光から戦国の武将たちに信仰が広まりました。

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現在では三面六臂で七頭の猪に座る姿から、開運・勝利のご利益があるとされ、亥年生まれの人々の守り本尊としても信仰されています。お堂には清拙が持ち帰った摩利支天が秘仏として祀られ、御前立が安置されています。

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正月三が日の法要のあと、「十日ゑびす」にあわせて9、10日に摩利支天堂は夜間も開門、新年の開運、所願成就を祈願することができます。(左が摩利支天堂、右が授与所。)

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禅居庵と摩利支天堂の堂宇は室町時代の「応仁の乱」(1467-1477)、1536年の「天文法華の乱」で焼失しました。摩利支天堂は1547年織田信長の父・信秀が再建、さらに元禄、享保、安政の年に整備や大改修が行われました。

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摩利支天堂は明治8年に小屋組み、平成7年に屋根部分の改修が加えられ今日に至っています。天文年間の再建とはいえ、創建時代の禅宗様仏殿の遺構が残されており、中世様式の貴重な建造物として京都府指定文化財になっています。

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ところで、秘仏として祀られている摩利支天には逸話があります。渡来僧の禅居庵開山の清拙禅師は、漢王朝の子孫、劉氏の子として祖先より摩利支天を信仰していました。(お堂の左には猪のおみくじが置かれています。)

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清拙は日本への招請を受けて出航するために港に来ました。遥かな東の海を見て、彼の国(日本)はどのような国であろうかと不安になっていたところ、摩利支尊天が猪の背に乗って現れて以下のように告げました。

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「東の国に縁あり早く纜(ともずな)を解きなさい、我も師に随って同じ海を渡り師を守って永く迹を彼の国に留めて末世の衆生を利益し国家を鎮護せん」と。清拙はその尊天の形を残したいと、手づから清浄な泥土で坐像を作り袈裟に包んで船に乗り込みました。

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海路での悪風や大浪に清拙は少しも動ぜず、一心に尊天を拝み、また同船の人にも勧めて一心に聖号を唱え、無事に尊天を奉じて筑前博多に上陸しました。

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日本各地に大きな足跡を残した清拙は、この摩利支尊天をいつもそばに祀ってきました。そして、最期の地となったこの摩利支天堂に現在も秘仏として六百八十年近く祀られています。

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コメント

上に向いている感じがいいですね。
小さい猪は、おみくじですよね。
可愛いです。

投稿: munixyu | 2019年1月12日 (土) 11:47

★munixyuさん こんばんは♪
猪の像はリアルだと、獰猛に見えます。おみくじの猪のようにデフォルメすると可愛いくなりますね。

投稿: りせ | 2019年1月15日 (火) 00:11

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