« 宝泉院 雪の額縁庭園 | トップページ | 三千院 雪の庭園を巡る »

2019年1月31日 (木)

実光院 雪の庭園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnt_4205a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の宝泉院を出て実光院を訪れました。山門を入った正面に拝観受付があります。

Jnt_4201a

最初に客殿に上がります(TOPの写真も)。客殿は大正10年(1921)の建造で、南に江戸時代後期作庭の「契心園(けいしんえん)」という池泉鑑賞式庭園があります。

Jnt_4207a

「実光院」は、平安時代後期の1013年寂源が勝林院の子院として建立し、後に良忍が開いた来迎院と合わせて魚山大原寺と呼ばれ、天台(魚山)声明の中心道場でした。こちらは奥の間から。

Jnt_4212a

客殿はお茶席にもなっていて、欄間には江戸時代中期の狩野派による「三十六歌仙画像」が掲げられています。左が契心園、正面が西庭です。

Jnt_4216a

声明は経典などに節をつけて唱える仏教音楽で、魚山声明は他宗派にも伝えら、それぞれの経論に声明の譜が付けられました。また音曲は、琵琶による平曲、能の謡いや長唄、浪曲や明治の都々逸、現代の歌謡曲など、世俗音楽にも影響を及ぼしました。

Jnt_4219a

契心園は、律川沿いの傾斜地を背にして中央に心字池を配し、東(左)の奥に滝組があります。右の築山には石造の五重塔があり、池の手前を俗世、向こうを浄土に見立てているそうです。

Jnt_4240a

右端の築山の松は鶴、左にある中の島は亀を表しています。

Jnt_4261a

実光院は、かって向かいにある後鳥羽天皇、順徳天皇の大原陵の場所にありました。大正8年(1919)に勝林院の僧院だった普賢院と理覚院を併合して、現在地(普賢院跡地)に移転しました。

Jnt_4264a

受付の後ろから西庭に降ります。西庭は理覚院が廃寺となって荒廃していたところを、以後の歴代住職が作庭・整備をして現在に至ったものです。緩やかに傾斜していて、その先の谷には大原の里、その向うには金毘羅山と小塩山が借景となっています。

Jnt_4268a

左手に「不断桜」があります。秋の紅葉の頃から春(11月-4月)まで次々と花を咲かせる珍しい品種です。

Jnt_4367a

この日も、所々に花があり、枝の蕾が次の開花を待っています。

Jnt_4360a

不断桜の下に観音菩薩像と童像が置かれています。その下を先ほどの心字池からの水が流れて西庭の池に注ぎます。

Jnt_4338a

池には飛石があり、いつもは向うに行けるのですが、この日は通れなくなっていました。

Jnt_4281a

散策路を西に下ると待合があり、そこから右手(庭の北西)に茶室「理覚庵」があります。前住職の設計によって昭和50年(1975)に建てられ、資材のほとんどを実光院領の山林から調達したそうです。

Jnt_4289a

蹲(つくばい)・・・

Jnt_4297a

散策路の途中の、理覚庵の前のあたりに不断桜がもう一本ありました。

Jnt_4327a

にの西庭には様々な草花が植えられていて、それぞれの季節を彩ります。一方の契心園は額縁庭園でもあり、客殿には声明に関する様々な楽器や資料が展示してあって、ちょっとした博物館です。私は大原に来るときはいつも立ち寄っています。

Jnt_4370a

Jnt_4288c

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnt_4334a

|

« 宝泉院 雪の額縁庭園 | トップページ | 三千院 雪の庭園を巡る »

コメント

雪は独特の暖かさと寂しさがあって、いいですよね。
寒いのに暖かいって、不思議な感じですよね。

投稿: munixyu | 2019年1月31日 (木) 15:06

★munixyuさん こんばんは♪
コメントへの返事が滞りすみませんでした。同じ京都市でも大原の気候は市街地とは違います。市街地で雪が少し振ると、大原は雪国のようです。

投稿: りせ | 2019年2月 4日 (月) 22:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 宝泉院 雪の額縁庭園 | トップページ | 三千院 雪の庭園を巡る »