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2018年12月 3日 (月)

修学院離宮2 中離宮と御馬車道

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の修学院離宮の2回目です。一番下にある下離宮の東門を出ると、田園風景が広がる中に松並木(御馬車道)があります。

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先日は修学院離宮が、幕府との緊張状態の中で後水尾上皇によって万治2年(1659)頃に完成したところまで説明しました。下は宮内庁のホームページにある「修学院離宮略図」をトリミングしたもので、中離宮へは山の斜面に沿う道です。

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当初は下の御茶屋(下離宮)と上の御茶屋(上離宮)だけからなっていました。一方、上皇の第八皇女光子内親王(朱宮)のために建てた山荘に、皇后・東福門院(将軍徳川秀忠の娘和子)亡後の女院御所の建物を一部移築して拡張しました。

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上皇が崩御した後、光子内親王は得度して山荘を林丘寺としました。明治18年(1885)林丘寺門跡から境内の半分が楽只軒(らくしけん)、客殿とともに宮内省に返還され、中離宮として編入されました。

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昭和39年(1964年)景観保持のために上、中、下の各離宮の間に展開する8万㎡に及ぶ水田畑地を買い上げて付属農地とし、元の所有者の農家に委託して耕作を続けて今日に至ります。写真で見える範囲は全て付属農地です。

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御馬車道の正面に門がありますが、右手から入ります。

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建物は少し上にあります。

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途中に中門もあります。

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「楽只軒」は、光子内親王のための最初の建物で、現在の林丘寺にある扁額の年紀銘から寛文8年(1668)かその前年に創建されたものと思われます。南側には庭に面して広
縁を設け、床を低くとり庭との一体感を深めています。

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特別な技巧は凝らしてなく、簡素な中にも趣があり、いかにも内親王の御殿らしいといわれています。狩野探信(探幽の子)による吉野山の桜、龍田川の紅葉の襖絵があります。下の右の建物です。

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上から小川が流れてきて、池や石橋がところどころにあります。

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「客殿」 楽只軒の東南の高みにあります。延宝6年(1678)東福門院が亡くなられた後、天和2年(1682)光子内親王のために女院御所の奥対面所から移築したのがこの建物です。

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一の間は十二畳半で、一間半の飾り棚を構えて互い違いに配された大小五枚の棚板がいかにも霞がたなびいているように見えることから霞棚と呼ばれています。桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚とともに天下の三棚と称されているそうです。

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床、襖、壁には和歌や漢詩の色紙を張り交ぜ、戸袋には更紗模様、地袋には友禅染、引手は羽子板の形、花車を形どった七宝流しの釘隠など、女性の住まいらしい華やかさが現れています。

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杉戸の鯉の絵の筆者は不祥ですが、網は円山応挙の筆と伝えられています。鯉が夜な夜な杉戸から飛び出して床を跳ね回るので、後から網の絵を書き足したとされます。それでも鯉の活きがよいので、所々で網が破けているのだとか。

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客殿の裏にある井戸、枯れていますが創建当初のものだそうです。

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もう一度御馬車道に戻る途中で、林丘寺のかっての山門が見えます。林丘寺は光子内親王が亡くなった後も、皇族の皇女・王女が入寺して尼門跡となり、音羽御所とも呼ばれました。

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江戸時代には多くの寺領も与えられましたが、明治初期には衰退して一時期天龍寺から男僧が入寺しました。しかし、明治17年に寺域の半分を宮内省に返還したのを機に、再び尼寺となり現在に至ります(寺は非公開です)。

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もう一度下離宮の東門の前に来ました。ここから山の中腹にある上離宮に向かいます。この松並木を御馬車道(おばしゃみち)というのは、明治天皇の離宮行幸の際に、馬車が通れるように道を広げたからだそうです。

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その際には、農地から馬車が見えないように松並木で覆ったのですが、松を刈りこんでいくうちに、いつしか背の低い松並木になったそうです。

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ところで、修学院離宮の農地では稲以外に様々な京野菜が栽培されていて、作物は耕作を委託された農家のものだそうです。作物は直販所や車での振売り、契約販売などで流通していて、表立って離宮産とはうたっていないようです。

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最初に国が農地を買い上げたときの契約だったそうですが、今となってはここの農家は離宮の環境を守る重要な役割を担っています。

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上離宮の門の前まできました。ここは見晴らしがよい場所です。

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コメント

ここだけで全てを満喫できるような気がしますよね。
スケールの大きさを感じます。
心が広くなれそうですね。

投稿: munixyu | 2018年12月 3日 (月) 18:16

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