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2018年10月 5日 (金)

秋の賀茂川 出町橋から出雲路橋へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

出町橋から賀茂川右端を遡りました。橋の下には葵祭の説明板があります。河川を管理する京都府が京都ホテル、積水ハウス、ワタキューセイモワの協力により設置。ワタキューセイモワは医療・福祉関連のアメニティー・メインテナンス業務の会社です。

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7月の大雨か9月の台風によって、東岸の堤防の石積が少し崩れたようです。

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賀茂川(鴨川)には多くの堰があります。治水対策のために、川の流れを緩やかに、かつ幅方向に一様にして川底や堤防への負荷を緩和する役目があります。一方で段差のある堰では魚の遡行が妨げられるので、下の写真のように魚道が設けられています。

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それでもアユの遡行が妨げられるそうで、学識者や市民のグループによって三条、丸太町、荒神口の堰に木製の仮設魚道が設けらてきました。1昨年上流で捕獲されたアユのDNA分析によって、大阪湾からのアユが25%いることが分かったそうです。

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それ以外のアユは琵琶湖産の稚魚を上流で放流したもので、こちらは生態系の違いから鴨川では繁殖できないそうです。大阪湾からのアユが増えれば、人工的な放流数を減らすことができ、鴨川の生態系回復のシンボルにもなるといわれています。

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向うは「葵橋」で、華麗な王朝装束の葵祭の行列がここから下鴨神社に向かいます。かっては木橋でしたが、大正7年の水害によって半壊しました。そのとき長い出町橋を新出町橋と河合橋に分割する工事が進んでいて、半壊した葵橋は再建しないことになりました。

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すると、葵橋の撤去に反対運動が起ったため、急遽新出町橋の名称を葵橋に変更したそうです。戦後、下鴨本通が建設されて河原町通と接続、昭和31年に市電専用の橋が架けられ、昭和35年に道路橋になり、現在のように「葵橋」と「出町橋」が復活しました。

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先日の台風21号によって、鴨川公園では約80本の倒木がありました。「鴨川公園」は三条大橋から庄田橋(上賀茂神社より上流)および高野川の高野橋までの河川敷からなり、広大な面積なので倒木は目立ちません。それでもあちこちでその痕跡が見られました。

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振り返ると葵橋の向こうに、将軍塚の青龍殿が見えます。

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鴨川公園には様々な形のベンチがあります。グループがが多く利用するような下流では複数のキューブ状のベンチ(ゆったりできませんが)が並んでいたり、テーブルが間にあります。一方、上流では腹筋などの運動ができたり、枕のような突起があるものもあります。

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木陰のベンチはよく利用されています。

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この区間は河川敷が広々としていて、上流に北山、対岸には大文字山や比叡山が眺められます。大文字山は見ると変わりはありませんが、銀閣寺からの登山道や大津へ抜ける道は台風によって多数の倒木があったそうです。

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比叡山も台風21号と24号の後、一時ドライブウェイが通行止めになりました。また叡山電車の貴船口ー鞍馬の区間は現在でも通行止めになっていて(10月末に開通の見込み)、代わりに京都バスが臨時運行しています。

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堤の上には「加茂街道」が走ります。北の雲ケ畑から南は葵橋西詰で下鴨本通と合流して河原町通となります。上賀茂神社に向かう葵祭の祭列が通り、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」の一つになっています。向うは出雲路橋。

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「出雲路」の名は、弥生時代後期に出雲国から移り住んだ古代氏族・出雲氏が、鴨川右岸の南北の土地で稲作を始めたのが由来です。

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出雲氏の鎮守社・「出雲井於神社」(比良木神社)には祖神が祀られていましたが、現在は下鴨神社の楼門を入った左に遷されています。

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この堤の桜は「師範桜」ともよばれます。明治38年(1905)に日露戦勝を記念して京都府師範学校(現教育大学)教職員・生徒、附属小学校児童により、桜2279本、楓735本が植樹されたのが始まりです。

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上の植樹事業を祈念して出雲路橋西詰に「志波無桜碑」があります。志波無(しはむ)は「師範)」の草假名だそうです。 裏の碑文には「甲辰之歳征露役起戦連両・・・」とありますが、「征」の字が教育の趣旨にそぐわないとして削られたといわれています。

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「出雲路鞍馬口」 ここは、京都から上賀茂・幡枝・市原・二瀬を通って鞍馬に至る鞍馬街道の起点・鞍馬口にあたります。室町時代には、ここに関所が置かれていたそうです。

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さらに上流に向かいましたが、大原にも行ってきたので明日からの記事は大原と交互になるかも知れません。

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コメント

賀茂川は、のんびりとした秋が広がっていて、いいですね。
魚道は、もう少し広くした方がいいかもしれません。
堰の半分ぐらいは、魚道にしてもいいような気がします。

投稿: munixyu | 2018年10月 5日 (金) 15:16

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