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2018年8月 8日 (水)

夏の円山公園 東部の料亭と隠れ宿

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて、円山公園のひょうたん池の橋を渡り東の方に歩きます。池の北東に大きな藤棚があり、この北(手前)に小道があって古民家風の建物が並んでいます。

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「茶菓円山」 和風スイーツ、麺類や赤飯(御膳)、お茶各種、シャンペンなどがあり、それぞれが素材にこだわっています。この日はお休みのようでした。

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地図では、その右隣(東)に「円山こうらい」という貸別荘があるはずですが何も表札が出ていません。 海外のサイトには案内があるのですが、ちょっと謎です。 ここから中央にある東西の道に戻ります。

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東西に小川があり、水がひょうたん池に流れ込みます。かっては琵琶湖疏水の水が流れていましたが、今は地下水をくみ上げているそうです。この日は水がなくて、川底の「修復」をしていました。溜まった土砂を取り除いてから底に石を配置しているそうです。

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中央の道を少し行くと「坂本龍馬と中岡慎太郎の像」があります。昭和11年(1936)に京都高知県人会有志により建立され、大戦中に供出、昭和37年に再建されました。霊山護国神社の龍馬の墓の前にある像を拡大したものだそうです。

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銅像の右奥に「京料理 いそべ」 懐石料理、鱧や生ゆばの料理があり、お帰りのお土産に自家製京生ゆばも。現在特別公開されている二条城の「香雲亭」で楽しむ、「季節の一品付 京のゆば粥御膳」を電話で受け付けているそうです。

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小川の源流の横の石段を上ります。その途中に、

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赤穂藩医・寺井玄渓の「夢」の碑 玄渓は自身も討ち入りに加わろうとするも止められました。内蔵助たち旧知の同僚の切腹を知り、「人生ははかない夢のようだ」と感じて、近くの岩に「夢」の字を彫ったといわれています。

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「未在(みざい)」 緑に囲まれた風情ある和室で、茶懐石料理を堪能できる完全予約制のお店。中庭を眺められるカウンター席もあるそうです。

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「東観荘」 かって安養寺の六つの塔頭(六阿弥、円山の六坊)の一つがあった場所で、幕末の1860年に建てられた建物と広い庭園がある老舗料亭です。この前の道は長楽館から円山公園の南を通り大谷祖廟の北門から北に曲がって来る車道です。

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「六阿弥」の一つ「重阿弥」では赤穂浪士が討ち入りを決定した「円山会議」が開かれました。この道を少し上ると、「左阿弥」が見えてきます。左阿弥は元和元年(1615)織田信長の甥・織田頼長により、安養寺の末寺として建立されました。

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左阿弥は幕末の嘉永2年(1849)に料亭となり、明治維新以降の御前会議(天皇が出席する重要会議)にも使われました。同様に他の六阿弥も貸し席、料亭、宿屋(ホテル)に変わっていきましたが、現存するのはこの左阿弥だけです。

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さらに坂道を上ると右手に「其中庵(きちゅうあん)」があります。昭和初期に建てられた古風な建物に2組限定の家庭的な雰囲気で、朝食のみの片泊りの宿です。

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さらに坂道を上ると、「吉水(きっすい)弁財天堂」があります。安養寺の境外仏堂で「吉水さん」とも呼ばれ、かって霊泉が湧いていたことから、この地が「吉水」とよばれたそうです。弁天財と共に宇賀神将尊を祀り、技芸や学術向上にご利益があるとか。

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平安時代後期-鎌倉時代の建久年間(1190-1199)、青蓮寺の慈鎮(慈円)が安養寺を再興した際に、寺の鎮守として弁財天を勧請したのが始まりです。お堂の裏に「慈鎮の仏塔」(重文)があります。

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南北朝時代の1433年、技芸上達をこの弁財天に祈願した源照という琵琶法師は、後小松天皇の前で演奏する機会を与えられ、気に入られて盲人で初めて紫衣を賜りました。そのお礼に御堂を建立したことから、紫衣弁財天とも呼ばれるようになりました。

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「吉水の井」 「法然上人 閼伽(あか)の井」と書いてあります。閼伽とは仏前にお供えする水のことです。法然上人はこの地(東山吉水)に庵を結び浄土宗を開宗しました。上人の御影堂がある知恩院はここからすぐ近くにあります。

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弁財天から石段を上ったところに高台があります。この周囲にいくつかの料亭や宿、安養寺などがあります。六阿弥のなかで、春阿弥は温泉場、也阿弥は連阿弥、重阿弥、正阿弥と合併し「也阿弥ホテル」となりましたが1906年に焼失、その後再建されませんでした。

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「蘇鉄庵」 左阿弥の施設の一つで、春には絶景の景色の中でお茶事が行われるそうです。入口に大きな蘇鉄があります。

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「井雪」 3室しかない部屋からの見晴らしはよく、朝食は京都一という方もいます。完全紹介制のちょっと贅沢なお宿です。

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上の二つの建物は高台の南に建っていますが、北にはさらに上に登る道があります。左の石標には「大聖歓喜天尊」とあります。

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「お宿吉水」 料理旅館だった築百年の建物を使い数年前にオープンした片泊まりの宿です。余計なものを置かず、歯ブラシやタオルは客が持参、布団の上げ下ろしはセルフサービス、テレビや電話はなく、冷蔵庫も共用のシンプルな宿です。

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洗面、トイレも基本的には共同で、喫煙は所定の場所(下の部屋)です。冷暖房は完備していて、冬場は湯たんぽの貸し出しをしているそうです。安全のため23時が門限。 

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「天青庵」 数十年もの間無人の家を、陶芸家・原口卓士さん夫妻が改装して数年前にオープンした片泊りの宿です。原口さんの作品が客室や外にも置かれていて、くつろげそうな雰囲気です。最近五条坂にゲストハウスをオープンしたそうです。

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お風呂は1階に一つ、トイレは1、2階に一つずつですが、1日2組限定なので不自由しないそうです。ここから安養寺や大聖歓喜天(雨宝堂)はすぐそこですが、明日の記事で。

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コメント

迷路みたいなところが多いですね。
表札のないお店があったり、
案内の人がいないと、お店に辿り着かないかもしれないですよね。

投稿: munixyu | 2018年8月 8日 (水) 11:33

★munixyuさん こんばんは♪
お店にたどり着けないのは、実際にあるようですね。ホームページにやけに詳しく道順を説明しているお店もあります。

投稿: りせ | 2018年8月 9日 (木) 00:19

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