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2018年8月 5日 (日)

貴船神社・奥宮

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の結社を後に、貴船神社の奥宮(おくみや)に向かいます。かって貴船神社は奥宮が本社で、参拝者は上の写真の川で手を洗い口をすすいで身を清めてから奥宮に向かいました。禊(みそぎ)の川、御物忌(おものいみ)の川でした。

川の手前にある「相生(あいおい)の杉」 同じ根から生えた二本の杉は樹齢千年といわれ、貴船神社のご神木です。相生は「相老」に通じ、夫婦ともに長生きの意味だそうです。

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昨日の記事のように、和泉式部が貴船神社に詣り恋を成就したことから、「おものいみの川」がいつしか「思い川」と呼ばれるようになったとされます。高浜虚子はここで、「遅桜なほもたずねて奥の宮」、「思い川渡ればまたも花の雨」と詠みました。

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「つつみヶ石」 貴船石の名石で、高さ4.5m、周囲9m。43トン以上あるそうです。古代の火山灰堆積の模様を残している水成岩で、ご神石というわけではないようです。

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「奥宮」すなわち「貴船神社」の創建は、社伝によると第18代反正(はんぜい)天皇の時代とされます。『日本書紀』に記された反正天皇の在位期間を機械的に西暦に直すとAD(401~411)になりますが、現在では正しくないとされています。「奥宮参道」

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現在の歴史学では、6世紀前半に在位したと考えられる第26代継体天皇以前の天皇については、その実在性や在位期間が不明確だとされています。下は「奥宮神門」で左手前に手水があり山からの清水が流れこんでいます。

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いずれにしても、社伝は奥宮が飛鳥時代(592-710)以前に創建されたと伝えています。貴船神社の創建伝説によると、反正天皇の時代に初代神武天皇の母・玉依姫命(たまよりひめみこと)が浪花津(大阪湾)に出現しました。

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玉依姫命は、水の源を求めて黄色い船に乗って、淀川、鴨川を遡り、その源流である貴船川の上流、すなわち現在の奥宮の地に来ました。そこで、水神を祀り、乗ってきた船の色から「黄船の宮」と称されたといわれます。黄色は貴人を表す色だそうです。

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神門を入った左にある末社「日吉社」は大物主命(おおものぬしのみこと)を祀ります。古伝では大山咋神(おおやまくいのかみ)を祀り、貴船山を守護したとされます。後ろの「連理の杉」はご神木で、杉とイロハモミジが根を一つにして、夫婦和合の印とされます。

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「吸葛(すいかづら)社」 味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)を祀ります。大国主命の子神だそうです。裏切った恋人へ呪詛する神ともいわれています。

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飛鳥時代の白鳳6年(666)に最も古い社殿造替えの記録があります。『日本後紀』には平安時代の延暦15年(796)、東寺の造営に当たっていた藤原伊勢人の夢に貴船神社の神が現れて、鞍馬寺を建立するよう託宣したと記されています。「拝殿」

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平安時代中期の永承元年(1046)7月出水により社殿が流失したため、天喜3年(1055)に現在の本宮の地に社殿を再建して遷座しました。元の鎮座地は聖地・奥宮として本宮と同様に祭祀が続けられてきました。

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奥宮には祭神として本宮と同じ、高龗神(たかおかみのかみ)を祀っています。また、社伝伝記によると、闇龗神(くらおかみのかみ)と玉依姫命も併せ祀っているとされます。

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玉依姫命が乗ってきた黄色い船は人目に触れぬよう石で包み囲んだといわれ、現在も「船形石」として本殿の横にあります。

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「鈴市(すずいち)社・姫踏鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめ)を祀ります、事代主命と玉櫛姫命の娘で、神武天皇の皇后だそうです。

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奥宮の祭神は、古来船乗りたちから航海の安全を守護する神・船玉神としても信仰され、現在でも船舶関係者らの崇敬が篤いそうです。

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本殿の真下には「龍穴」という大きな穴があいていて、誰も見ることは許されていないといわれています。この龍穴は大和の室生龍穴、岡山の備前龍穴とともに日本三大龍穴の一つとされます。

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龍穴は人目を忌むべき神聖なものとされ、古来社殿の造営や修理などに際して、特殊な神事「附曳(ふびき)神事」が行われてきました。社殿を隣の権地に移動させて、それに合わせて白布で龍穴を覆っていく儀式だそうです。

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平成23年の奥宮本殿の大修理の際にも附曳神事が行われました。その神事の様子が、氏子代表としてご主人が参加した「右源太」のHPに詳しく載っています。氏子一同がロープで社殿を引っ張って、右隣りにある権地(空地)に移動させたそうです。

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実はその時、神社関係者の二人が確認のために龍穴を覗いたそうです。それは木屑で覆われた畳半畳ほどの大きさで、それを丁寧にどけるとその下は比較的柔らかい粘土質のようなもので覆ってあり、さらにその下は確かに穴のようだったそうです。

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その覆いをどけずに小さな祠を上に載せて、隣の権地で社殿の修理を行ったそうです。右源太のご主人は150年以上前の社殿の修理のときに起きた事件を聞かされていました。大工の一人がノミを誤って龍穴に落としてしまい、しばらくしてポッチャンと音がしました。

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すると、空が俄かに暗黒色になり竜巻が起こり、ノミが飛び出してきたそうです。大工は喜んだのもつかの間、しばらくして帰らぬ人となってしまいました。右源太のご主人は、気になっていた龍穴が実際にあったことに感慨深かったそうです。

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最後に毎年6月1日に行われる「貴船祭」の写真を少し。本宮で神事が行われた後、神楽の奉納があります。

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その後、祭神の分霊を乗せた神輿が石段参道を下りてきて、氏子地域を回ります。

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神輿は奥宮で何度も差し上げをして拝殿に安置されます。神事の後「こども千度詣り」が行われ、船形石の周囲を子供たちが忌み串を手に回り、ひと回りごとに忌み串を船形石の窪みに投げ入れて、健やかな成長を祈願します。

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最後に出雲神楽の奉納があり「山の神」という演目でした(2015年)。天照大神が天の岩戸にこもってしまい八百万神々岩戸の前でお神楽を奉納する際に、山の神の大山祇神(結社の祭神・磐長姫命の父)が協力、悪を切り払う十握の剣が授けられます。

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貴船神社にお詣りするときは、本宮、奥宮、中宮の順でお詣りすると願いが叶うとされています(実際には奥宮まで来る人はほとんどいませんが)。鞍馬寺から始まった今回の散策の記事はこれで終りです。

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コメント

狛犬は、よだれかけでしょうか。
結構珍しいですよね。

投稿: munixyu | 2018年8月 5日 (日) 14:01

★munixyuさん こんばんは♪
お返事が滞りすみませんでした。
狛犬のよだれかけの意味、よくわかりません。お地蔵様によだれかけをするのは、子供が身に着けていたものを使うことによって守ってもらうという意味があるそうです。同じようなことかも知れません。

投稿: りせ | 2018年8月 9日 (木) 00:01

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