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2018年8月10日 (金)

高台寺北門前通(東部)を歩く

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の安養寺を後に、円山公園の南にある長楽館まで来ました。ここから「ねねの道」が高台寺南門前通(維新の道)まで続きます。今日はこの道の途中にある大雲寺から左に曲がり「高台寺北門通」を歩きます。「大谷祖廟参道」

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「京都祇園堂」 白河法皇がここに邸宅を建て祇園女御を住まわせました。法皇の死後女御は阿弥陀堂を建立してその菩提を弔いました。右に女御の供養塔があります。八坂神社にあった忠盛灯籠の鬼の話は、法皇がここに通うときに起こった出来事です。

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向かいは「円山音楽堂」、ここも円山公園の施設です。

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円山音楽堂の南西に大雅堂跡を示す石碑があります。池大雅は安永5年(1776)、妻の玉瀾は天明4年(1784)に亡くなりました。玉瀾の死後、門弟たち37人が大雅の遺品を整理して旧居に近い雙林(そうりん)寺の境内に、歌仙堂(大雅堂)を建立しました。

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現在の私設美術館のようなものでした。建物は二階建で、軒の瓦には大雅堂の篆印がついていました。『拾遺都名所図会』(1787年)や『再撰花洛名勝図絵』(1864年)にも掲載されていましたが、明治36年に取り壊されました。石碑には「大雅堂舊址」とあります。

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石碑「和光同塵」 大雅の遺徳を偲び建立され、揮毫は大雅の友人・相国寺慈雲庵主・大典禅師です。

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石碑のすぐ先でT字路になり、突き当たった東西の通りが「高台寺北門前通」です。ねねの道はここで右(西)に曲がって大雲院の南門前から再び南に曲がります。今日はここから左(東)に歩きます。

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「レンタルきもの岡本 祇園高台寺店」 天保元年(1830)「岡本織物店」として営業、観光でのレンタル着物の発祥店です。それまでは舞妓体験の方が多く、着物での観光ができないかと考えたのが始まりだそうです。オリジナル小物も製作・販売しています。

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店舗内に「芭蕉堂」があります。江戸時代中期、俳聖松尾芭蕉をしのぶため、芭蕉にゆかりの深いこの地に、加賀の俳人・高桑闌更(らんこう)がお堂を建てたのが始まりです。鎌倉時代初め、諸国を旅して自然を友とした西行が、この地に阿弥陀房を訪ねて、「柴の庵と聞くはくやしき名なれども よにこのもしき住居なりけり」(山家集)と詠みました。

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芭蕉は、西行を心の師として慕い旅の生涯を送りました。この地で、上の西行の歌を踏まえ「しばの戸の月やそのままあみだ坊」(小文庫)の句を詠みました。蕉門十哲の一人、森川許六が刻んだ芭蕉の像を安置しています。

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「西行堂」 安土桃山時代の天正年間(1573-1593)雙林寺の塔頭・蔡華園院の跡地に建てられたといわれますが場所は不明。江戸時代の1731年に摂津池田・李孟寺の天津禅師により現在地に移され再興。1770年に公家・歌人の冷泉為村(1712-1774)により修復。

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堂中央に為村筆の「花月庵」の額が掲げられ、堂内に西行法師僧像と頓阿法師僧像が安置されています。出入り門の横に「不許葷肉入門内」という石碑が建っています。「葷(くん)」は、ニンニク、ネギ、ニラなどを指し、葷や肉を持ち込んではいけないという意味です。

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「京料理旅館 高台寺 よ志のや」 旅館としては、10室のうち和室9室、 その他1室で一般的な設備を備えています。食事だけも可能で、鱧懐石、(少しお手頃な)遊心、法要会席などがあります。

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以上は道の南にありますが、道の北側は円山公園の敷地で、それが途切れたところに雙林寺があります。「雙林寺」は山号を金玉山という天台宗の寺で、延暦年間(782-805)尾張連定鑑(おわりのむらじじょうかん)が伝教大師・最澄を招えて創建したのが始まりです。

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その後、鳥羽天皇の皇女の入寺などもあり栄え、広い境内と多くの塔頭子院を有しましたが、中世になって衰微しました。応永年間(1394-1427)に国阿(こくあ)上人が再興し、時宗一派の本山となり東山道場と称されましたが、応仁の乱後再び衰えました。

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明治維新のとき天台宗に改まり、明治の中頃に円山公園が設置された際に多くの寺地を失い、現在は本堂の一宇にその名残をとどめるだけです。本堂に安置する木造薬師如来坐像(重文)は平安時代の翻波式衣文(えもん)がよく表現されているそうです。

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「地蔵堂」、明治5年(1872)追善のための法華塚修繕の際に、土中より見つかった地蔵を祀っています。通りかかった人が、長年の持病平癒を祈願したところ全快したとして、以後、「持病平癒地蔵尊」として信仰を集めています。

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覗いてみると、お化粧をした美形のお地蔵さまでした。

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さらに東に歩くと道は「菊乃井本店」に突き当たります。 先祖は、代々豊臣秀吉の妻・北政所が茶の湯に使う菊水の井を守ってきた茶坊主で、大正元年に料理屋として創業しました。

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昼懐石、夜懐石が各種ありますが、それなりのお値段です。ここから引き返しました。

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八坂神社の舞殿も灯りが目立ってきました。

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コメント

京都は本当にお店が多いですね。
宿は10室や3室のところが多いようですが、
凄く高いような気がして、怖ろしいです。

投稿: munixyu | 2018年8月10日 (金) 12:53

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