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2018年7月 4日 (水)

天得院 特別公開中の桔梗の寺

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日東福寺塔頭の天得院に行ってきました。「天得院」は、山号を万松山といい通常非公開ですが、桔梗が咲く初夏と紅葉が美しい秋の年2回だけ特別拝観を行っています。今年の初夏の特別拝観は6月25日(月)から7月10日(火)の期間です。

東福寺の日下門の正面の通りに山門と「飛び出し注意」の看板があります。

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山門を入った正面の小さな坪庭に、荻原井泉水(1884-1976)の句碑「石のしたしさよしぐれけり」。荻原井泉水は五七五にとらわれない自由律俳句を詠み、「層雲」を主宰しました。大正12年(1923)妻、翌年母を亡くして仏道を志し、天得院に寄寓しました。

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奥に花岡大学(1909-1988)の童話碑「お父ちゃんが笑ったときは仏さまの顔だよ お母ちゃんが笑ったときは仏さまの顔だよ」。同氏は奈良浄迎寺住職でしたが、童話作家でもありました。「宗教法人 天得院」は「子育て支援ステーション」、「東福寺保育園」、「東福寺児童館」の施設運営も行っています。

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天得院は、南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に、東福寺第30世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつです。(拝観入り口の「庫裡」)

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その後は、衰微していましたが大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興されました。(方丈の前庭は桃山時代作庭の枯山水庭園(苔庭)で、昭和43年に中根金作の監修によって一部補修されました。)

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一面に桔梗が咲いていました。

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安土桃山時代、東福寺第227世文英清韓(ぶんえいせいかん)は五山の学僧として豊臣秀吉に手厚い扱いを受けました。

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慶長19年(1614)に文英清韓が長老として天得院に住菴となり、豊臣秀頼の請に応じて方広寺の鐘銘を撰文することになりました。

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この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を願うものとして徳川家康の怒りをかい、天得院は取り壊されました。文英清韓は寺を追われ一時駿府に拘禁されましたが、林羅山の取り計らいで釈放されました。

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その後、天明9年(1789)に堂宇が再建され、明治元年(1868)には、山内の塔頭・本成寺を合併して現在に至っています。

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方丈の仏間には本尊・千手観音菩薩が安置されています。

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中には白い桔梗もありました。

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南西の隅にポスターにもなっている花頭窓があります。

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こちらは西の間で、向うに見える西庭も苔庭で桔梗が咲いています。

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向うは「書院」で、冷房のきいた部屋でお庭を眺めながら昼食(精進料理・要予約)が頂けます。

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抹茶や和パフェ、アイスクリーム、冷たいお善哉などの甘味もありました。

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特別公開に合わせて、方丈の一室で「大杉真司・加藤丈尋作品展」が行われていました。

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大杉真司(しんじ)氏は京都で活躍する洋画家で、独特な色彩感覚で舞妓を描いています。各地で個展を開く一方、様々な商品とコラボして、作品が商品デザイン、パッケージ、ラベルなどに用いられています。

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加藤丈尋(たけひろ)氏は、清水焼の窯元・丈夫窯(じょうぶがま)で作品の制作を行い、釉薬の研究を続けて丈夫窯独自の色彩を表現しています。日展入選を始め多数の入選・表彰作があり、海外の展示会にも積極的に参加しています。

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ところで、最近では方広寺鐘銘事件は家康の言いがかりともいえないことが定説になりつつあります。大仏開眼供養が中止された後に、清韓は駿府に弁明に出かけ、家康の諱を祝意の「かくし題」として意識的に撰文したと証言しています。

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しかし、この証言を受けた五山の僧たちの答申では、いずれも家康の文字を分けたことではなく、当時の礼儀として諱を避けなかったことを非難しています。だたし、鐘銘は後世に鐘の由来を伝えるためのもので、存命中の文書で諱を避けるのとは違うともいわれます。

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一方で、家康が天下を平定した後も、豊臣家は莫大な財力を有しいくつかの有力大名が支持していたのも事実で、銘文はこの両者の共存共栄を意図したという説もあります。さらに、五山の中で幕府のブレーン・以心崇伝と清韓との対立が背景にあるともいわれます。

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鐘銘での清韓の本当の意図は分かりませんが、豊臣家への恩義もあつかったようで、大坂の陣では最後まで城にこもり、戦後に捕らえられました。天得院では「豊臣家ゆかりの寺院として歴史に翻弄されたときもありましたが、現在は桔梗が・・・」と振り返っています。

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コメント

暑い中に咲く桔梗を見ると、
涼しくて、いいですよね。
白い桔梗は珍しいですね。青とはまた違う涼しさを感じます。

投稿: munixyu | 2018年7月 4日 (水) 15:06

★munixyuさん こんばんは♪
桔梗の花は太陽の方を向く習性があるのでしょうか? 縁側から庭を眺めると、ほとんどの花がこちらを向いていなくて撮影に苦労しました。

投稿: りせ | 2018年7月 6日 (金) 00:12

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