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2018年6月20日 (水)

禅居庵 清拙正澄と摩利支天

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の続きで、建仁寺境内の南西隅にある禅居庵の山門をくぐりました。

「禅居庵」は小笠原貞宗が元弘年間(1331-33)に創建、建仁寺第23世・清拙正澄(せいせつしょうちょう、1274-1339)が開山(初代住持)として晩年退隠した建仁寺の塔頭です。(禅居庵は撮影できません。)

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清拙は1274年中国元の福州に生まれ、15歳のとき出家、各地の寺で修業、住持を務めました。1326年52歳のときに日本に招請され来朝、北条氏に迎えられ鎌倉建長寺に入り、鎌倉在住中に浄智寺、円覚寺の住持となりました。(摩利支天堂への門)

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清拙は、禅僧が守るべき規範、儀式である清規の実践を励行し、禅宗寺院における仏事の詳細から僧たちの日常生活における規律などを日本の実情に合わせてまとめた『大鑑清規』を定めました。

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1333年に後醍醐天皇の招きにより上洛し、建仁寺住持に着任、引き続いて勅命により南禅寺住持に就任しました。

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前年の暮れに死期を悟った清拙は南禅寺住持を辞して、退隠先の建仁寺禅居庵で最期を迎えました。(摩利支天堂への通路は「ゆずりあいの道」という名です。)

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清拙は、唐僧・百丈懐海の忌日である正月17日に営む「百丈忌」の法要を日本で初めて励行したことでも知られますが、1339年正月17日自ら設けた百丈忌の当日禅居庵で死去、享年66歳でした。大鑑禅師と諱(おくりな)されました。

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「摩利支天堂」 禅居庵の境内にあり、清拙が中国より請来した摩利支天を祀ります。

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猪は摩利支天の眷属(けんぞく、神の使い)で、狛猪を始めとして境内のいたるところに猪の像があります。

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こちらは八坂通に面する摩利支天堂の南門(表門)。

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「摩利支」はサンスクリット語「Marici(マリーチ)」の音写で、威光、陽炎が神格化した古代インドの女神で、仏教の守護神だそうです。

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実態の無い陽炎は捕らえられ害されることがないので、摩利支天は絶大な神通自在の力をもち、その威光から戦国の武将たちに信仰が広まりました。

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現在では三面六臂で七頭の猪に座る姿から、開運・勝利のご利益があるとされ、特に亥年生まれの人々の守り本尊としても信仰されています。

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小さな陶製の「亥おみくじ」が並んでいます。おみくじを納めるところのようです。

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禅居庵と摩利支天堂の堂宇は室町時代の「応仁の乱」(1467-1477)、1536年の「天文法華の乱」で焼かれました。摩利支天堂は1547年織田信長の父・信秀が再建しました。(大和大路通に面する西門)

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禅居庵は安土・桃山時代から江戸時代にかけての慶長年間(1596-1615)初に再建されました。(この猪はちょっと可愛い。)

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ところで、開山の清拙正澄の臨終のときの話が伝えられています。最期の日を迎えてもいつもと変わらぬ様子でしたが、土岐頼貞親子らに永訣の意を表し形見と遺偈(ゆいげ)を与えました。遺偈は禅僧が死に臨んでその境地を歌や詩の形で遺すものだそうです。

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そして、侍者に末期の句を詠むと述べ、絶句する侍者をよそに「今日は百丈和尚の命日なり、吾まさに行かん」と大笑、集まった弟子たちに説法した後、遺偈を書いて、筆をなげうって亡くなったといわれています。

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この遺偈は「棺割の墨跡」の名で知られ、常盤山文庫(神奈川県鎌倉市)の所蔵で国宝に指定されています。この名は、臨終に間に合わなかった弟子のために、棺を割って眼を開いて説法した後、再び眼を閉じたという釈迦の涅槃の伝説にちなんでいます。

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コメント

狛犬も狛猪に。
いのししだらけで、いいですよね。

投稿: munixyu | 2018年6月20日 (水) 14:44

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