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2018年6月 8日 (金)

白川を歩く 仁王門通から三条通へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の無鄰菴を出て、仁王門通から白川沿いの道を南に歩きました。「白川」は滋賀県と京都府の境界付近の東山を源として、吉田山の東を流れて南禅寺船溜で琵琶湖疏水に合流します。そして神宮寺道の下流で琵琶湖疏水と分かれ南に流れていきます。

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右は「パークハウス京都岡崎 有楽荘」 平成17年に竣工した高級賃貸マンションです。

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パークハウスの1階にあるフレンチカフェの「オ・タン・ペルデュ」 白川に面したテラス席もあり、軽食やスイーツがいただけます。ケーキやデリ(西洋風惣菜)のお持ち帰りもできます。

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「白川児童プール跡」 1958年に夏場だけ川をせき止めてプールが作られました。その後水質の劣化により使われなくなりましたが、川の中に水をせき止めた杭が残っています。

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「竹中精麦所水車水路跡」 対岸の塀の中に大正時代の水車動力による精麦所の水路跡が残っています。

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琵琶湖疏水が明治23年に完成し、同年に水車用水使用申請第2号として明治24年に水路が許可されました。琵琶湖疏水では水力発電によって電力を供給しましたが、一部に当初の計画どおり水車動力も使用されました。(「もっこ橋」を渡ります。)

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竹中精麦所の5代目所有者・竹中亀吉が、水路によって直径5m近い大水車を24時間回して精麦を行ったそうです。水車は三条通からも眺められ、「水車の竹中」と親しまれたといわれています。前の小道は「水車の竹中みち」と呼ばれました。

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戦時下の食料管理令の強化等を理由として昭和15年(1940)に精麦工場は閉鎖されました。手前の空き地にあった工場は撤去されましたが、その奥にある水路だけが今も残っています。

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「ポルト・ド・岡崎」 昭和55年竣工の賃貸マンションです。先ほど渡った橋の名の「もっこ」は藁筵(わらむしろ)の四隅に綱を付けて天秤棒につけて物を運ぶ用具です。明治31年に京都で最初の製氷工場「龍紋氷室」がこのあたりに建てられました。

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氷の保存で使われた湿ったおが屑を、職人がもっこで対岸の広場に運んで乾燥させるためにもっこ橋が作られたそうです。龍紋氷室は明治以後需要が増えた製氷産業で草分け的存在でした。桜並木になっているので、現在は「桜小橋」とも呼ばれているようです。

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「三谷稲荷社」 ここを流れていた水路と水車、地域の安全を祈願して祀られたそうです。手前に「水車稲荷社」の石標が新しく建てられました。水路は琵琶湖疏水から直接取水して白川と平行に流れ、この近くで白川に合流したそうです。

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「堀池橋」 左に橋を渡ると三条通に出ます。

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対岸にはレトロな家が並んでいます。このあたりの疏水と白川沿いの地域は「重要文化的景観」地域に選定されています。「水路と京都近代化の先駆け」として、その流域の庭園・寺社や町並みと路地裏での蔬菜栽培(京の食文化継承)などの景観を指します。

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文化財保護法によって新築住宅には規制があります。この家は文化的景観の例として挙げられています。

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「パラドール平安」 昭和63年竣工の賃貸マンションです。

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「石泉院橋」 このあたりの石泉院町も岡崎地区と並んで重要文化的景観に選定されています。ここから南は白川沿いの道がないので、橋を渡って迂回します。

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橋の上から、向うに建設中のビルが見えます。

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「並河靖之七宝記念館」 現在、開館15周年記念 春季特別展として、「並河靖之―七宝の誉」が行われています。会期は4月6日(金)~7月22日(日)、休館日は毎週月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日に振替)です。

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向かいは並河家の本宅のようです。

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記念館の横の通りを南に行きます。向いは「京都和紙の宿 七十七 東山邸」。伝統的な建物に和紙をテーマにした照明、露天風呂などがある一棟貸の宿です。

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三条通に出て白川の方に歩きます。

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振り返って、この道を真直ぐ北にいくと先ほど通った堀池橋に行きます。

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先ほど見た建設中のビルの事業主は「京都糸屋ホテル」でした。おそらくホテルが建つのだと思われます。。

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コメント

昔は、川を堰き止めてプールにしていたのですね。
アナログな感じでいいですよね。

投稿: munixyu | 2018年6月 8日 (金) 10:02

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