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2018年6月 4日 (月)

裏寺町通 前編(北部の寺街)

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

河原町通(西の歩道)を三条から南に歩くと六角通に出会い、角にペットショップの「P's-first」があります。店名はペット・ファーストという意味だそうです。

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河原町通から六角通を西に行くと、最初に出会う通りが裏寺町通です。向うに新京極通のアーケードが見えます。「裏寺町通」は六角通の北から四条通までの比較的短い通りで、豊臣秀吉の都市改造によって寺町通と同時期に開かれました。

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六角通と裏寺町通の交差点の北西に「ホテルビスタプレミオ京都」があり、その北が裏寺町通の北の端です。ホテルの1階の「モクモク」は、モクモクの工房で作ったハムやソーセージ、パン、地ビールなどを提供する農場レストランだそうです。

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向かいにある「萩原靴店」はダンスシューズの専門店です。各種の社交ダンス用シューズ以外に、ピアノ、オペラ、コーラスなどのステージシューズも扱っています。

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ここから裏寺町通を南に歩きます。左の「Dr.Martens京都」は英国製靴・ブーツのドクターマーチンの正規取り扱い店、右の京つけめん「つるかめ六角」は行列ができる人気ラーメン店です。2階はパブの「Karr」。

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「長仙寺」は浄土宗西山深草派の寺院です。このあたりの寺院は1864年の蛤御門の変による大火で焼失しました。現在の本尊・阿弥陀如来坐像や束帯姿の「安倍晴明坐像」は廃寺となった東山区の清円寺から遷されものです。

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植えられている「未開紅(みかいこう)の梅」は八重咲で、蕾の頃は濃紅色、開花するとかすかに紅を帯びた白い花弁になるという珍しい品種です。かつては誓願寺境内にあったといわれ「新京極の七不思議の一つ」です。ここからは見えません。

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向かいに裏門がある誓願寺が浄土宗西山深草派の総本山です。 寺町通と裏寺町通の寺院は、秀吉の都市改造によって強制的にこの地に移転させられました。裏寺町通の寺院のほとんどは、山門が閉じられていて拝観はしていません。

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「頂源院」 詳しい情報がありませんが、門前の石標から山号は竹林山で、京極の水子供養寺とよばれているようです。永代供養墓もあるそうです。

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「大善寺」 こちらも浄土宗西山深草派の寺院で、本尊は阿弥陀如来、笑福亭円笑の大善寺寄席は江戸時代から続いているそうです。豊後岡藩初代藩主・中川秀成の正室・虎姫の肖像画を所蔵しています。虎姫は織田信長の重臣であった佐久間盛政の娘です。

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「ラウンドワン河原町店」 このあたりで最大級のアミューズメントスポットです。大型スクリーンがあるボウリング、ソファとマッサージ機のあるカラオケルーム、最新機種をはじめメダル・カードゲームもあるアミューズコーナー、ダーツやビリヤードコーナーもあります。

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江戸時代には、寺町通の寺の境内が縁日の舞台として使用されるようになり、裏手町通にも芝居小屋や見世物小屋が建ち並んだといわれています。(こちらはラウンドワンの裏口ですが、河原町通から人の流れができています。)

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「光明寺」 こちらも浄土宗西山深草派の寺院で、山号は紫雲山というそうです。洛陽四十八願寺の第30番札所になっています。

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「宝蔵寺」 弘法大師空海の創立と伝えられ、1269年如輪上人により元西壬生郷に開基(堂宇が建造)され、1581年玉阿律師が中興、1591年に現在地に移転。 本尊阿弥陀如来像は、元禄13年(1700)と刻まれているそうです。

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伊藤若冲・伊藤家の菩提寺で、親族の墓があります。伊藤若冲筆の「竹に雄鶏図」と「髑髏図」を保管していますが、早急に修理・修復が必要で、そのため1口千円のご喜捨を募集しています。拝観はしていませんが、伊東家のお墓の参拝や御朱印は受付ています。

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「法界寺」 浄土宗西山深草派の寺院で、創立年度は不詳ですが、安土桃山時代中期と考えられています。天明の大火(1788)で堂宇、記録など全てを失い、蛤御門の変で再び灰燼に帰してしまいます。明治12年(1879)に復興して現在に至っています。

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「シサム工房」 フェアトレード商品、エスニック・ファッションやアジアン家具・インテリアなどを取り扱うお店で、現在「夏の装い~手刺繍の服とガラスのアクセサリー」を販売しています。

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「極楽寺」 室町時代創建の浄土宗西山深草派の寺院で、はやり秀吉の都市改造によりここに移転してきました。京念珠の老舗「中野伊助」製作の「戦国武将ブレスレット」はこの寺のご住職が祈念したものだそうです。

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「グランレジェイド京都河原町」 2015年12月に竣工したマンションです。こちらは蛸薬師通に面していますが、少し北に奥まっています。

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グランレジェイドの1階に「BIANCHI BIKE STORE Y’s Road KYOTO」があります。西日本初のイタリアの自転車メーカー・ビアンキの店で、ハイ・エンドモデルから、パーツ類、アパレル類に至るフルラインナップを取り揃えているそうです。

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「妙心寺」 通称高野堂とも呼ばれますが詳細は不明です。所蔵する木像「醒ヶ井地蔵尊」は 壬生寺にあった日本三体地蔵尊の一つ縄目 延命地蔵大菩薩像と同じ木、同じ作者によって作られたといわれています。.

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蛸薬師通との交差点の西北の角にある「犬猫人」は「わんにゃんちゅ」と読むそうですが、猫カフェです。

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蛸薬師通を横切ります。距離的にはここが裏手町通の中間地点ですが、ここからお店が増えてくるのでもう少し先に行きます。右はABC-MART、左は正覚寺です。

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「正覚寺」 戦国時代に創建され、その後浄土宗総本山知恩院の末寺となりますが、このとき伏見城の赤門が移築されたことから、「赤門さん」の通称で呼ばれることになります。昭和40年(1965)に火災で焼失、平成元年に5階建てのビルとして生まれ変わりました。

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ビルにはたくさんの店舗が入っていますが、こちらは裏寺町通に面する「ネオマート河原町店」。イノブンが経営するギフトショップで、サプライズイベントも開催するそうです。

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ビルの西南にシンボルの「赤門」があります。

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明治維新以降の裏寺町通には栄枯盛衰がありましたが、それは明日の後編で。

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突き当りには「弁天堂」があり、弘法大師空海作といわれる白蛇辨財天が祀られています。昔から今も先斗町など花街の人々の信仰が篤いといわれています。

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ここまでの裏寺町通は寺町以上にお寺が密に並んでいましたが、このあたりから次第にお店が増えてきて賑やかな通りになってきます。

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コメント

京都は、お店もいろいろあっていいですよね。
全部でどれぐらいあるんだろう。
5000店ぐらい、いや、もっとあるかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2018年6月 4日 (月) 13:55

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