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2018年6月 3日 (日)

吉利倶八幡宮 鎮護国家の霊場

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の勧修寺を出て南に行くと、通り(府道35号)に面して吉利倶(きりく)八幡宮の一の鳥居があり(上の写真)、さらに南に行くと二の鳥居があります。

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「吉利倶八幡宮」の創建は古く、平安時代前期の文徳天皇の時代(853年)、鎮護国家の霊場として社殿が建造されて八幡が勧請されたといわれています。正式名称は単に「八幡宮」で、山科八幡宮、種子(しゅじ)八幡とも呼ばれています。

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吉利倶という名称は、境内の老杉が倒れて伐採すると、その切断面に梵字で「吉利倶」があったことに由来しているといわれています。二の鳥居をくぐると参道は石段になります。

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その後の900年、醍醐天皇が勧修寺を建立すると、八幡宮はその鎮守社となりました。神社がある八幡山は亀の甲羅の形をしていたので亀甲山と呼ばれ、勧修寺の山号になっています。(石段を上った正面に「天満宮」があり。日吉神と稲荷神を祀っています。)

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古くから皇族や武将の崇敬が篤く、社祭には勅使の差遣があったといわれています。(横にある「安産の神」は、男石と女石がしめ縄で結ばれています。)

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室町時代の1458年には8代将軍足利義政から修復造営料や神田の寄進がありました。しかし、応仁の乱(1467年-1477年)の兵火により焼失、神宝や旧記なども失われてしまいました。(参道は右に曲がり、拝殿が見えてきます。)

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安土桃山時代になると、当社が伏見城の北東に位置することから豊臣秀吉に崇敬され、その遺志を継いだ前田玄以から金燈籠1基、大型の木造燈籠2基、神田12石神田12石が寄進されました。

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上の小屋の中にその木造燈籠1基が納められています。

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江戸時代になると、将軍家、大名、皇室から寄進があり、社殿の造営や修理が行われました。(ご神木の杉)

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石段の上の「拝殿」は伏見宮邦家親王の王子、晃(あきら)親王が創始した山階宮(やましなのみや)家の寄進です。巨大は破魔矢は総代の寄進ですが、常時安置している由来は不明だそうです。

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晃親王は1816年に誕生、その翌年門跡寺院・勧修寺を相続、1824年に出家しました。1864年徳川慶喜らが還俗を孝明天皇に願い出て、山階宮の宮号を賜りました。

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晃親王は、国事御用掛として幕末の政界で活躍し、明治維新後は議定・外国事務総督などの要職を占めました。皇族がヨーロッパの王室に倣って軍人になる中、文官であることを通し1898年83歳で死去しました。

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本殿には祭神として応神天皇、仲哀天皇、仲哀天皇皇后・神功皇后を祀ります。厄災除け、病魔退散、安産のご利益があるとされます。

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本殿は江戸時代の1695年に建てられ、願主は戸澤能登守・平政誠、大工は西川仁左衛門です。仁左衛門は後に勧修寺の宸殿などの造営も行っていて、元禄期に勧修寺が復興された一環として現本殿も建てられたとみられています。

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「若宮八幡宮社」は加茂神と吉野神を祀ります。

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「金神宮」の祭神は金山彦神と金山姫神でかっては金鉱、金運向上と蓄財の神として信仰を集めましたが、現在は石碑と石垣だけになりました。創設は八幡神を勧請したときに、金色に輝くご神木の伝承に関係があるといわれています。

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「武内社」は吉野神と貴船神を祀ります。

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本殿・拝殿の石段下の広場に「神器殿」があります。祭礼として、1月1日歳旦祭、1月どんど祭、2月節分祭、9月放生会、10月例大祭があります。どんと祭は正月飾りを焚き上げて、御神火にあたり無病息災・家内安全を祈願する祭りです。

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反対側の建物の横から山道があり、その先に閼伽井(あかい)があります。醍醐天皇が身を清め、灌頂の閼伽香水に用いたといわれています。

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灌頂とは即位や立太子の際に頭頂に水を注ぐ儀式、閼伽は仏様にお供えする清浄な水、閼伽香水は閼伽に種々の香水を混ぜたものです。現在でも水が湧いていました。

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鈴かな境内でした。社務所は下の鳥居の右にあります。

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コメント

紫陽花が似合う時期になってきましたね。
BSジャパン、見れてよかったです。
無理しないよう、マイペースで頑張ります。

投稿: munixyu | 2018年6月 3日 (日) 13:46

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