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2018年6月10日 (日)

満足稲荷神社 2018

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

東山仁王門にある満足稲荷神社に行ってきました。東大路通の仁王門のバス停前に二の鳥居があり、左は「鎮守の森」だそうです(上)。下は南にある一の鳥居で、正式な入口はこちらです。

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「満足稲荷神社」は、安土桃山時代の文禄年間(1592-1596)、豊臣秀吉が伏見桃山城の守護神として伏見稲荷大社の祭神を勧請したのが始まりとされます。(鳥居の右手に「御蔵」と呼ばれている祭器庫。)

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秀吉は、この頃までに後北条氏を滅ぼして天下統一を成し遂げ、甥の秀次に関白職を譲り、自身は太閤(前関白の尊称)と呼ばれました。(鳥居の左手に「神馬像」。)

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ただし、実質的には秀吉が実権を握ったまま、「文禄の役」(1592-1593)で朝鮮に出兵して当初は連戦連勝の時期でした。(正面は「舞殿」。)

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秀吉は稲荷大神の加護に大いに「満足」して、それを社名としたといわれています。(「手水舎」)

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江戸時代になり、1693年徳川綱吉により現在地に移され、法皇寺の鎮守社になりました。

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明治時代になって法皇寺は南禅寺に吸収され、当社のみが残って現在に至ります。後に法皇寺は「わらべ地蔵の庭」で知られる牧護庵に吸収されています。(「接待所」とよばれている休憩所で、灰皿代わりの火鉢があります。)

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舞殿の左に「岩神さん」が祀られています。

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玉垣の中の岩をさすり、悪いところを触ると治るといわれています。左右の狛狐には名前があって、「コン吉」と「ツネ松」です。神社には6対、12体の狛狐がいますがこちらは最も古いそうです。全身傷だらけですが健気に岩神を守っています。

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ご神木の「クロガネモチ」 樹齢400年といわれるもちのき科の大樹で、幹が8本に分かれているのが縁起がよいとされています。秋には赤い実をつけるそうです。東大路通からもよく見え、京都市指定保存樹になっています。

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祭神として倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀り、厄除け、商売繁昌、五穀豊穣の神として崇敬を集めてきました。(拝殿)

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江戸時代になり満足稲荷神社が伏見桃山城からこの地域に移されると、神社周辺が繁盛するようになり、地元の人々の信仰を集めたといわれています。いつもお参りしているひとに出会います。

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明治の神仏分離令によって、法皇寺が南禅寺境内に移されたとき、当神社は廃絶の危機にありました。地元の人々は、京都府に請願をするなど存続運動を起こしました。

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現在に至るまで地元の人々に「満足jさん」と親しまれ、節分祭、初午祭、例祭・神幸祭(5月8日)、火焚祭、大祓式などの年間行事には大勢の人出があり、毎月1日には月次祭を行っています。こじんまりした社殿ですが、美しい形をしていて周囲を回れます。

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本殿の真後ろの玉垣の中に岩と小さな鳥居があります。岩には穴があいていて、神の使いの狐が出入りするといわれています。

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本殿の右奥に末社が並んでいます。左から大国主社(祭神は大国主神、縁結びの神)、大神宮社(天照大御神、日本の神の始祖)、猿田彦社(猿田彦神、交通安全・土地の守護神)です。

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ところで、同じように秀吉に信仰され、聚楽第の守護神として稲荷神を勧請したのが「出世稲荷神社」です。

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出世稲荷神社は聚楽第の取り壊しによって千本通に移されましたが、やはり庶民の信仰を集め江戸時代後期には寄進された300本以上の鳥居が並んだそうです。

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戦後になって出世稲荷神社周辺の千本通がオフィス街になり、神社を支える人々がいなくなってしまいました。そのため社殿の維持・修繕費が工面できず、やむを得ず土地を売って大原に移転し新しい人生?を始めました。(舞殿の右手に「社務所・授与所」。)

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そういう意味で二つの神社はいつも気になっていますが、どちらも周辺の住民に支えられ、祭や行事も賑わっているようで安心しています。

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コメント

凄い名前の神社ですね。
連戦連勝で満足。
今作ったら、負けた方は連戦連敗だったわけで、
大騒ぎになっているでしょうね。

投稿: munixyu | 2018年6月10日 (日) 12:49

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