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2018年5月 2日 (水)

宇治神社 兎と皇位継承の悲話

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の恵心院を出て、宇治川沿いに下ると朝霧橋のたもとに宇治神社の鳥居があります(上の写真)。

鳥居の左には「式内宇治神社」の石標があります。江戸時代まではこの先にある宇治上神社と宇治神社は一つの神社で、それが式内社(延喜式で認定された社)だったことを示しています。

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両神社は平等院の鎮守社で、まずこちらにお参りしてから船で宇治川を渡り平等院に向かったそうです。下は「宇治神社船着場」。

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鳥居の右には「兎楽(うらく)の樹」と名付けられた楠の大木があります。兎たちがいつでも集うことができるようにと植えられたそうです。

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かってこの地は応神天皇の皇子・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の離宮(邸宅)があった場所です。菟道は宇治の古代表記、稚は若という意味、郎子は例は少ないが(王や命と同様に)皇子を指す言葉です。

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菟道稚郎子は、この地を住まいと定めて河内の国から来る途中、道に迷わい難渋していました。そのとき、一羽の兎が現れ、後からついて来る皇子を振り返り振り返り道案内したという伝承から、この神社では兎が神の使いと考えられています。

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皇子が亡くなった後、邸宅跡に兄の仁徳天皇が祠を建てその霊を祀ったのが両神社の始まりです。そこには皇位継承にまつわる悲しい物語がありました。(社務所)

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『日本書紀』によると、菟道稚郎子は幼少から学問に優れ、父・応神天皇の寵愛を受けて、兄たちを差し置いて皇位継承順位の1位(皇太子)となりました。社務所の前の手水舎

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応神天皇の死後、菟道稚郎子は皇位(皇太子)を兄の大鷦鶺(おおさざき)皇子(後の仁徳天皇)に譲り、自らは宇治に離宮を建てて移り住みます。拝殿の「桐原殿」

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大鷦鶺皇子も皇位を受けず、皇位継承は3年に及んで混乱します。この間に、異母兄である大山守皇子(おおやまもりのみこ)が菟道稚郎子を殺害して皇位を奪おうと、数百の兵を挙げました。「参集殿」には御朱印所があります。

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この二の鳥居の横にかって一対の木造狛犬(宇治市指定文化財)が置かれていました。鎌倉時代作の木造としては最大級のもので、現在は宇治市歴史資料館に預けられています。

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菟道稚郎子と大鷦鶺皇子は大山守皇子の挙兵を察知して、宇治川を渡る際に船を転覆させて、大山守皇子を討ちとりました。大山守皇子を討った後、菟道稚郎子は、優柔不断な大鷦鶺皇子を即位させるために自らも命を絶ちます。

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この事態になって大鷦鶺皇子はようやく皇位を継いで仁徳天皇となり、菟道稚郎子の霊を祀るために祠を建てたのです。現在の「本殿」は鎌倉時代初期に建立され、重要文化財に指定されています。

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菟道稚郎子の道案内をした兎は「みかえり兎」といわれます。後に、道徳にかなった正しい人生の道を歩むよう教え諭しているとして、神様のお使いとされています。

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ところが、菟道稚郎子の自殺の話は日本書紀以外には記載がなく、『古事記』では夭折(若くして死去)したとだけ書かれています。

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『播磨国風土記』には菟道稚郎子を指すとされる「宇治天皇」という表現が見られ、いったん皇位を継いだと主張する「天皇即位説」があります。「絵馬舎」

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また、皇位を譲り合うという美談は考えにくいとして、仁徳天皇によって菟道稚郎子は殺害されたという「謀殺説」など、数々の説が提唱されています。絵馬も見かえり兎。

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いずれにしても、菟道稚郎子は宇治の屋敷でのんびり暮らそうとしていたのに、皇位継承に巻き込まれて悲しい運命をたどったといえます。

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「伊勢神宮遥拝所」

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ここにも兎が潜んでいます。

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本殿の右背後に「春日神社」(祭神は武甕鎚命、斉主命、天児屋根命)、左に同じような祠の「日吉神社」(大山昨命)と「住吉神社」(底筒田命、中筒男命、上筒男命、神功皇后)があります。

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本殿の左背後には右(奥)から伊勢両宮(天照皇大神、国常立命)、高良神社(武内宿禰)、松尾神社(市杵島姫命)、廣田神社(蛭子命)が祀られています。

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菟道稚郎子は、源氏物語の宇治十帖に登場する3人のヒロインの父・八の宮のモデルだといわれていますが、その話は宇治上神社の記事で。

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宇治神社の西を通る「さわらびの道」 源氏物語の宇治十帖の一つ「早蕨」の舞台となったことから名づけられた散策路です。ここから宇治上神社はすぐ近くです。

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コメント

みかえり兎、
面白い格好の兎ですね。

投稿: munixyu | 2018年5月 3日 (木) 12:19

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