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2018年5月 3日 (木)

宇治上神社 世界文化遺産と源氏物語

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の宇治神社から「さわらびの道」を少し東北(上)に行くと宇治上神社の鳥居があります。横に大きな石標があり、「世界文化遺産 宇治上神社」とあります。

かってこのあたりには、応神天皇の皇子・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の邸宅があり、その没後、邸宅跡に兄・仁徳天皇が祠を建て霊を祀ったのが宇治神社と宇治上神社の始まりといわれています。

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両神社は江戸時代までは一体の神社で、「離宮社」あるいは「離宮八幡」などと呼ばれていました。離宮の名は、このあたりあった応神天皇の離宮から、あるいは菟道稚郎子が一旦は皇位に就いた(宇治天皇)からという説もあります。下は表門。

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「拝殿」(国宝) 鎌倉時代の建物ですが、平安時代の住宅様式が取り入れられ、独特の屋根の美しい曲線が目を引きます。 もとは離宮の建物だったのではないかと考えられています。

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離宮社はこの地域の産土神(うぶずながみ)として信仰され、対岸に平等院が建立されると、その鎮守社にもなりました。平安から鎌倉時代にかけて藤原氏の援助もあり、「離宮祭」が盛大に行われたと伝えられています。(授与所・各種受付)

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昨日の記事では、皇位継承の問題から菟道稚郎子が自ら命を絶ったという話や、それに対する異説を紹介しました。こちらの神社でも、兎は神の使いとしてお守りになっています。

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ところで、菟道稚郎子は源氏物語最後の『宇治十帖』に登場する「八の宮」のモデルとされ、その山荘もこのあたりにあったと想定されています。宇治十帖では光源氏は既に亡くなっていて、その次男とされる「薫」の半生が描かれています。

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上の授与所の後ろに、樹齢300年以上のご神木の欅(けやき)があり、宇治市名木百選の一つになっています。*記事の最後の「お願い」をよろしく。

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八の宮は源氏の弟ですが皇位継承で源氏の対抗馬に担ぎ上げられ、源氏の栄華の時代となり没落していきました。北の方は二女を出産後亡くなり、自宅が火事で焼失したのを機会に、二人の娘(大君、中君)を連れて宇治に隠棲します。

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拝殿の右に湧き水「桐原水(きりはらすい)」があります。室町時代に発展した宇治茶に伴って「宇治七名水」が定められました。他の六名水は失われてしまいましたが、桐原水だけが今もなお涌き出しています。

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八の宮は、宇治の阿闍梨に師事して仏道に専心し、深い知識と道心を得ていました。しかし、母を亡くした二人の娘が気掛かりで出家する事もままならず、「俗聖」とも呼ばれていました。

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薫は光源氏の次男として生まれ恵まれた環境にありましたが、自己の出生に疑問を感じ、源氏の死後は悶々とした日々を過ごしていました。還俗のまま仏道に専念している八の宮のことを知り、宇治の山荘を訪れるところから宇治十帖が始まります。(拝殿の裏) 

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拝殿の裏の高台に摂・末社が並んでいます。右は「香椎(かしい)社」で、祭神の神功皇后と武内宿禰は勇猛な女帝とその忠臣でした。左は「住吉社」で、祭神は上筒男命(うわづつのおのみこと)と底筒男命(そこつつのおのみこと)で、海の神、航海安全の神です。

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「春日神社」(重文)、祭神は武甕槌命(たけみかづものみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)。平等院の鎮守社で、藤原氏の守護神、祖神を祀ります。

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「天降石」あるいは「岩神」と呼ばれ、古くは神が降臨したとされる磐座ではないかとも考えられています。かっての本殿があった場所を示しています。

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「本殿」の覆屋 中に祭神を祀る三つの社が納められています(見えませんが)。右が莵道稚郎子、中央が応神天皇、左が仁徳天皇です。

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これらの本殿の建物は、2007年に年輪年代測定法によって平安時代後期の1060年の木材が使われていることが分かり、日本最古の神社建築と判明しました。また、覆屋も同時期に建てられたことが分かり、本殿、覆屋ともに国宝に指定されています。

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本殿の左に「厳島社」、祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で水の神です。

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「武本稲荷社」、祭神の倉稲魂命(うがのみたまのみこと)は食物、穀物を司る神で、伏見稲荷大社の主祭神でもあります。

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宇治十帖の八の宮は菟道稚郎子と通じるところがあり、高貴で世俗に無頓着な人間として描かれています。しかしながら、その死後北の方に仕えていた女房に娘を生ませ、さらにはその子を認知せず、親子共々追い出したことが判明します。

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宇治十帖の後半、源氏物語の最後はその娘「浮舟」を中心として物語が展開します。向うにご神木の欅が見えます。

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この後、宇治川と宇治橋ゆかりの寺に向かいました。

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コメント

いい天気ですね。
夏を感じる、いい緑だと思います。

投稿: munixyu | 2018年5月 3日 (木) 12:12

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