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2018年5月31日 (木)

熊野神社衣笠分社と西大路七福社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、熊野神社衣笠分社を訪れました。西大路通に面して衣笠小学校があり、その向かいの通りを西に行くと、途中に「二條天皇 香陵寺陵」があります。

二條天皇は後白河天皇の長男でしたが生母の急死により祖父に育てられ、即位後は絶大な権力を持つ後白河上皇に対抗しました。藤原伊通や平清盛の後ろ盾もあり、後白河上皇の院政を停止させ、様々な政治改革を行った賢帝として知られます。

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さらに西に行くと、馬代通の近くに現代的な社殿の「熊野神社衣笠分社」があります。東大路丸太町にある熊野神社の分社ですが、ご近所では「ガンダム神社」と呼ばれているそうです。

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この場所は孝明・明治・大正天皇を診療した御殿医・福井貞憲の屋敷跡でした。昭和55年(1980)熊野神社に土地が寄進され、同58年(1983)に現在の社殿(本殿)が建設されました。(手水は水琴窟になっていて、いい音がします。)

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壁面はコンクリート打放しで屋根の上の千木や鬼瓦はステンレス製ですが、建物の中に小さな祠が納められています。

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祭神は、熊野神社の祭神の分霊、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)、速玉男尊(はやたまのをのみこと)、事解男尊(ことさかのをのみこと)を祀ります。

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記事の最初に登場した後白河上皇は、政治の実権を取り上げられてからはますます熊野信仰にのめり込み、43回もの熊野詣を行い、左京区の熊野神社にも何度も参拝したそうです。ろうそく、御神木、絵馬、おみくじはここで初穂料と引き換えに頂けます。

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祭神が鎮座する祠の横に「受付」と書いた扉があります。御祈祷や御朱印の受付ではないかと思われます。

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敷地には福井貞憲の旧邸の庭があるそうですが、こちらの扉から奥に行けそうです。

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ところで、熊野神社衣笠分社は「西大路七福社ご利益めぐり」の札所でもあります。

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平安時代の西大路は、平安京の中心である朱雀大路に近く、野寺小路( のでらこうじ) と呼ばれ道幅12mにもなる都のメインストリートでした。現在でも東大路に対応する南北の大通りです。(ちょっと寂しいですが、おみくじと絵馬所。)

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しかしながら、有名寺社が集積する東大路界隈に比べて、西大路界隈を訪れる人は少なく、多くの人にその歴史を知ってもらおうと、昭和58年(1983)に五社めぐりから始まり、翌年当社も加わり7社となり、30年以上続く新春の行事になりました。

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神社とご利益は、南から吉祥院天満宮(ちえと能力開発)、若一神社(開運、出世)、西院春日神社(病気平癒、厄除、旅行安全)、大将軍八神社(方除、厄除)、熊野神社衣笠分社(縁結び、安産、病気平癒)、平野神社(開運、良縁、心願成就)、わら天神宮(安産、子授け、縁結び)です。

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全行程約7キロで西大路をまっすぐに進む比較的わかりやすい順路で、ゆっくり歩いても一日で参拝できることや、学問、安産から開運出世、延命長寿までの人生の節目を守ってくださる神様のご利益が頂けます。

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期間は元日から2月末日まで、時間は9時から17時、参拝順序は自由です。七社全部のご朱印をお受けの方には、参拝記念の干支の置物が授与されます。

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一人では心細い方は、NPO法人「京都府ウオーキング協会」が日を設定して「西大路七福社ご利益めぐり」を行っています。8回目の今年は1月6日に行われ、229人の方が参加したそうです。

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コメント

朱印を集めて回るのって楽しそう。
楽しく回って、ご利益もあって一石二鳥ですね。

投稿: munixyu | 2018年5月31日 (木) 11:44

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