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2018年4月 4日 (水)

南禅寺 2018春

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日哲学の道を訪れた後、鹿ヶ谷通を通って南禅寺に向かいました。途中に永観堂があるのですが時間がないので立ち寄りません。向うに南禅寺北門の「大寂門」が見えます。

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南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山ですが、今日はその歴史については省略します。門をくぐると、右に湯豆腐の「奥丹 南禅寺店」。

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南禅寺の「三門」 現在の門は寛永5年(1628)に藤堂高虎が大阪夏の陣で倒れた家来の菩提を弔うために再建したものです。

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三門の右手前の巨大な石灯籠 寛永5年の三門落慶の際に佐久間勝之が供養の為に奉献したもので、高さ6メートル余りの車洋一の大きさといわれています。俗に、佐久間玄藩の片灯寵と呼ばれています。

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三門とは仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門の、空、無相、無作の三解脱門を略した呼び名だそうです。山門とも書き寺院を代表する正門で、禅宗の七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴室)の一つです。

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急いで来たので、三門の特別拝観時間に間に合いました。楼上への階段はかなり急です。

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上層の楼は五鳳楼といわれ、内陣には仏師左京等作の本尊・宝冠釈迦座像、その脇士に月蓋長者、善財童士、左右に十六羅僕を配置し、本光国師、徳川家康、藤堂高虎の像と一門の重臣の位牌が安置されています。(内部は撮影できません。)

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また天井の鳳凰、天人の極彩色の図は狩野探幽、土佐徳悦の筆とされています。(正面の参道の向こうが「勅使門」(重文)で、慶長年間(1596-1615)に建立された内裏の「日の御門」を江戸時代の1641年に移築したものです。向うに市内が見渡せます。)

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正面に市内中央部で一番高い「京都ホテルオークラ」、その奥は愛宕山です。

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南の方には、「ウェスティン都ホテル京都」や「蹴上浄水場」。南禅寺は紅葉の名所で境内に約300本のカエデがあります。一方、桜の名所でもありこちらは約200本あるそうです。

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蹴上浄水場はつつじの名所で5月に特別公開されます。逆光でよく見えませんが、桜もあるようです。

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北の方には吉田山があり、黒谷(金戒光明寺)の山門と本堂の屋根、山の上に三重塔(文殊塔)が見えます。

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北東の方には永観堂の宝塔、こちらも桜があるようです。

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東には法堂と東山。

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三門の南の参道脇には塔頭が並んでいます。「正因庵」は通常非公開です。

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三門のすぐ横(南)には「天授庵」、紅枝垂桜があるようです。

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天授庵の山門、ここが拝観入り口になります。

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三門から降りて、法堂に向かいます。下は三門を振り返って。

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「法堂(仏殿)」 江戸時代の1606年に豊臣秀頼の寄進によって再建されましたが、明治時代の1895年に焼失し、1909年に再々建されました。

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法堂の左手(北)に桜があります。

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「南禅僧堂」 南禅寺の僧堂です。禅宗の僧になるためには「掛搭(かとう、かた)」あるいは「掛錫(かしゃく)」といって、一度は禅堂で修業をしなければならないそうです。

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法堂とその東にある方丈は渡り廊下で結ばれています。

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法堂の裏(東)を回って、「水路閣」まで来ました。ここは紅葉が美しい場所ですが、桜は見当たりません。石段の上には塔頭の南禅院があります。亀山法皇が離宮を禅寺にした南禅寺・発祥の地で、法皇の分骨が納められています。

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水路閣を東南から。この道を東(手前)に行くと塔頭の景勝院があります。疏水分線は景勝院の手前から先日の記事にある若王子取水池までトンネルになります。最勝院は、離宮に怨霊となって表れた駒僧正ゆかりの寺です。

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こちらの石段の上は南禅院の勅使門。その前を右に行くと亀山法皇の生母・?子(きっし)の墓があります。当初疏水分線はそのあたりからトンネルに入る予定でしたが、その上に亀山法皇の御陵があることが分かり、宮内庁から計画にストップがかかりました。

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そのため、急遽南禅院を避けて橋を渡して疏水を通すことになりました。結局、亀山法皇がこの地に離宮を建てそこに骨を埋めたことが、水路閣が生まれるきっかけとなりました。下は法堂の南側。

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この後、疏水分線の出発点の疏水蹴上公園(インクラインの上)に向かいました。

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コメント

どんどん春の光りが強くなってきましたね。
昼間はもう暑いぐらいになってきたし、
今が一番いい時期ですよね。

投稿: munixyu | 2018年4月 4日 (水) 10:47

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