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2018年4月 9日 (月)

真如堂 桜めぐり2018

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の法伝寺(吒枳尼天)を出て、真如堂の赤門(総門)をくぐります。この門に敷居がないのは、神楽岡(吉田山)の神々が夜に参集するのを妨げないためだといわれています。

「真如堂」は正式には鈴声山真正極楽寺という天台宗の寺院です。今日はお寺の説明は省略して、境内にある桜を見て回ります。門を入ると参道と直交する南北の道があって塔頭が並んでいます。 下は南の方で右に「東陽院」があります。

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「覚円院」 芭蕉の門人・向井去来は嵯峨野に落柿舎を営み、しばしば芭蕉が訪れて「嵯峨日記」を執筆したことでも知られます。この覚円院が去来の菩提寺で墓があり、落柿舎のそばには毛髪塚があります。

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こちらは北の方で、左手前に「法輪院」、その先に「松林院」、突き当りは「地蔵庵」です。地蔵庵には「天台宗京都教区宗務所」が置かれています。

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赤門から本堂へ至る正面の参道に加えて、南北にも道があり、いずれも緩やかな登り坂になっています。北(左)の道沿い二つの塔頭があります。下は「理正院」で、桜の向こうに池があります。

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東陽院住職の齋藤真成は、名古屋で生まれ、5歳のときにこの理正院に預けられました。理正院への参道の途中から、先ほどの松林院です。

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池の向こうに三重塔が見えます。

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北の道に戻り、さらに坂を上ります。

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「喜運院」 住職の原田誠俊氏は大学卒業後、ゼネコンに勤務しましたが、27歳の時比叡山延暦寺に入寺し出家得度しました。平成5(1993)年に真如堂喜運院に入り、後に住職となりました。

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「元三(がんざん)大師堂」 平安時代の天台座主・元三大師(慈恵大師良源)の肖像画を祀ります(京都府指定文化財)。右にあるのは紅梅です。

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元三大師は魔除けの符として貼られる角大師(つのだいし)やおみくじ「観音籤」の発案者でも知られています。京洛十八大師めぐりの三番です。

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「寺務所」 背後に大文字が見えます。

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寺務所の隣にある「真如山荘」は、三井グループの中核企業「二木会」が寄進した研修道場で、宿泊や会議ができます。

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「赤崎弁天」の池の前にある休憩所(拝所?)から中央の参道。

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池のほとりにある「伝教大師巡錫之像」 天台宗を開いた最澄が東国を巡り、上野国・下野国に宝塔を建てた時の姿をイメージして、仏師・西村公朝師が作ったブロンズ像。平成11年に池のほとりに設置されました。

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本堂から書院への渡り廊下を横切って、境内の北東にきました。このあたりは緑が濃く、、秋には紅葉が綺麗なところです。

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平成2年(1990)に建立された「三井二木会物故社員慰霊塔」 真如堂は三井家の菩提寺で、家祖・三井高利夫妻を始め300年以上にわたる累代の墓があります。現在では三井グループゆかりの寺院となり、グループ社員や社友の慰霊祭が行われています。

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本堂の裏を通り、境内の南東に来ました。本堂の南の道は桜のトンネルになっています。

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途中にある「たてかわ桜」 立皮の名のとおり幹に縦に筋が入っています。徳川家光の乳母・春日の局が、父の斉藤内蔵介利三の菩提を弔うために植えたといいます。水上勉の小説『桜守』で知られますが、実際は接木に成功したのは当寺の貫主だそうです。

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中央の参道に来ました。「三重塔(法華塔)」は江戸時代中期の宝暦年間(1751~1763)に建立され、後期の文化14年(1817)に再建されました。高さ30mあり、京都府指定文化財です。

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真正極楽寺の本堂は真如堂とよばれ、1703年に上棟、1705年に入仏供養が行われました。後に本堂の名称が寺の別称となりました。平安時代後期の作とされる、本尊の阿弥陀如来立像(重文)を安置しています。

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三重塔の前にあるのは、茶店ではなく「茶所」という「阿弥陀如来像(一光三尊善光寺如来)」を祀るお堂です。「日本三大如来」の一つにとされ(他は長野善光寺と清凉寺)、善光寺如来の分身といわれます。全身が黒いことから「黒如来」ともよばれています。

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茶所の横に去来の句碑があります。「涼しさは野山にみつる念仏かな」。

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「手水舎」 三重塔の向こうにある南の参道に行きます。

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三重塔の西にある「鎌倉地蔵尊」 中国殷から渡って来た狐が女に変身して鳥羽上皇をだまして病にかけ謀略を企てたといいます。安倍晴明の子孫・泰観が見破り、殺された狐は「殺生石」となり怖れられました。

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室町時代の僧・玄翁禅師が石を割り悪霊を成仏させ、割れた石で地蔵菩薩を刻み鎌倉のお堂に祀りました。この地蔵菩薩が江戸時代初期に真如堂に持ち込まれ、福寿、延命のご利益に加え、無実の罪を晴らすとされています。

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三重塔は昭和9年に修理が行われ、奉安されていた四天王像が腐食していることが分かり、新たに多宝塔を安置したそうです。大きな枝垂桜ですが中央の参道から見えづらく、見逃してしまう方がいるかも知れません。

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コメント

三重塔と桜。
いい写真ですね。
やっぱり和な古い建物と桜は、よく合いますよね。

投稿: munixyu | 2018年4月 9日 (月) 19:32

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