« 京都御所 後編 「宮廷文化の紹介」 | トップページ | 夕暮れの吉田山と幽斎桜 »

2018年4月16日 (月)

亀山公園から渡月橋へ 2018春

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jnm_7379b_2
※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事の天龍寺北門を出て、竹林の小径を亀山公園に向かいます。亀山公園の正式名称は嵐山公園の亀山地区です。

Jnm_7331a

人の列が途切れたときに写真を撮っていますが、かなりの混雑でした。

Jnm_7334a

竹林の中では季節を感じません。

Jnm_7351a

直ぐに小径は大河内山荘に突き当り、右へ行くと嵐電嵐山駅に下ります。左の水平な道を行くと、亀山公園の入口です。

Jnm_7361a

亀山公園の坂道を展望台の方に少し上ります。

Jnm_7450a

すこし逆光ぎみで、うまく写真が撮れません。保津川下りの船は15:30亀岡発が最後便で、この時はもう見られませんでした。星のや京都の送迎船が見えます。

Jnm_7389a

左の山の中腹にある大悲閣千光寺、建物の周囲に桜があるようです。

Jnm_7379a

右は小倉山で、向う側の斜面に大河内山荘があります。*記事の最後にある「お願い」をよろしく。

Jnm_7414a

送迎船が到着して、桟橋で従業員がお出迎えです。

Jnm_7398a

お客さんが降りて、建物の方に歩いています。

Jnm_7410a

坂道を少し戻り、大堰川の方に下ります。こちら(東側)の斜面からは市内が展望でき、奥は比叡山。

Jnm_7368a

東南の方角に京都タワーも見えます。

Jnm_7433a

しばらく下ると広場(児童公園)があり、この前から右(南)に行きます。しばらく行くと、小倉百人一首の歌碑があります。京都商工会議所・プロジェクト推進室が母体となって、平成19年嵐山・嵯峨野に歌碑が建てられました。

Jnm_7459a

亀山地区には、古今集24、拾遺集11.後拾遺集14の計49首があります。全国各地から採集された自然石が用いられ、それぞれ著名な書家の揮毫です。下は清少納言「夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」

Jnm_7562a

「亀山天皇 後嵯峨天皇、後伏見天皇の火葬塚」。亀山天皇は後嵯峨天皇の第7皇子で、ともにここで荼毘に付され、亀山殿法華堂(亀山稜)に葬られました。後伏見天皇は御嵯峨天皇の孫にあたり、その墓は持明院統の「深草北陵」にあります。

Jnm_7580a

三条院「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」 歌碑の横のプレートにはQRコードがあり、和歌や歌人の情報、和歌朗詠音声が英語、中国語、韓国語でも得られるという、当時では先進的な観光支援システムです。

Jnm_7614a

「角倉了以像」 角倉了以は1554年嵯峨野に生まれ、朱印船貿易などで財をなし、大堰川を開削するなど、近世の京都の発展に貢献しました。鍬を手に遠くを見つめるこの像は、戦時中供出されましたが戦後有志によって再建。三条京阪前「高山彦九郎像」、円山公園の「坂本龍馬像」と並び、「京都三大銅像」に数えられています。

Jnm_7605a

「津崎村岡局像」 村岡局は1786年大覚寺宮の家来・津崎左京の娘として生まれ、左大臣の近衛忠煕の侍女、後に老女となります。忠煕と西郷隆盛など尊王攘夷派の志士との橋渡し役となり、安政の大獄で投獄。その後直指庵に隠居、地元住民の教育に尽力しました。

Jnm_7626a

謙徳公「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」 歌碑の設置はかなり費用がかかり、それぞれ寄付した企業名が記してあります。紹介した歌碑に特に意味はなく、桜の木が写っていたからです。

Jnm_7644a

下りの途中に「雨中嵐山」の詩碑があります。中国の元首相・周恩来が京都留学中に嵐山で詠んだ詩です。

Jnm_7676a

川が見えてきました。保津川が谷から開けた大堰川になるあたりです。

Jnm_7685a

この日は星のや京都の送迎船が何度も往復していました。

Jnm_7687a

薄暗くなってきました。

Jnm_7698a

もう少し早く戻ってきたら、本当の「渡月橋」の風景が見られました。

Jnm_7755a

Jnm_7743a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jnm_7719a

|

« 京都御所 後編 「宮廷文化の紹介」 | トップページ | 夕暮れの吉田山と幽斎桜 »

コメント

月。どうしても見上げてしまいますよね。
月を見下ろすって、意外と難しいかもしれません。
渡月橋にいたとしても、やっぱり見上げてしまいそうです。

投稿: munixyu | 2018年4月16日 (月) 15:08

★munixyuさん こんばんは♪
渡月橋は、橋の上空を移動していく月を眺めて亀山法皇が「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから名付けられたそうです。私は水面のすぐ上を月が移動していく状況だと思っていたのですが、確かではありません。

投稿: りせ | 2018年4月19日 (木) 00:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 京都御所 後編 「宮廷文化の紹介」 | トップページ | 夕暮れの吉田山と幽斎桜 »