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2018年4月10日 (火)

嵐山・宝厳院 春の花咲く

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事の嵐山公園、渡月橋から天龍寺の塔頭・宝厳院に来ました。3月17日(土)から6月30日(土)の期間、春の特別拝観として「京都随一 新緑の名園」や本堂の襖絵が公開されています。

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大亀山・宝厳院(だいきざん ほうごんいん)は、室町時代に細川頼之の財をもって、天龍寺3世の聖仲永光禅師を開山に迎えて創建されました。(拝観入り口の山門を中から)

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室町時代の禅僧・策彦周良(さくげんしゅうりょう)禅師によって作庭された「獅子吼(ししく)の庭」は、嵐山を借景とした回遊式庭園で、江戸時代の【都林泉名勝図会】にも掲載されています。順路に沿って歩くと、最初に目につくのが丸い石を敷き詰めた場所です。

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獅子の咆哮に諭され、先を競って(丸い黒石で表現された)苦海を渡り、釈迦如来(右の三尊石)のもとに説法を拝聴しに行く獣(十二の干支)を連石で表しています。苦海を渡りきれないもののために、舟(手前の石)を配して万全を期しているのだそうです。

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左奥の石組みは、中国の黄河中流にある滝、激流を登り切った鯉魚は龍となるという伝説の登龍門を表しています。これは、禅宗の修行僧の心の支えであり、修行の励みの象徴なのだそうです。

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「三尊石」 中央に釈迦如来、左右は脇侍の文殊菩薩と普賢菩薩です。秋には紅葉で覆われます。

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策彦周良禅師(1501‐1579)は丹波の細川氏の家老・井上宗信の3男で、17歳のとき天龍寺で剃髪、周良と称しました。師の後を継いで塔頭・妙智院3世となり、勘合貿易船の遣明副使、正使として中国・明に二度渡りました。

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「獅子吼」とは「仏が説法する」という意味で、庭園内を散策し、鳥の声、風の音を聴くことによって、人生の心理、正道を肌で感じ、心を癒すのだそうです。庭には桜を始め様々な花が咲いていました。

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宝厳院は、当初は上京区禅昌院町にありましたが、応仁の乱(1467-1477)により焼失しました。当時は広大な境内を有していたそうです。

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茶庵の「無畏庵(むいあん)」 無畏とは恐れることなく法を説くという意味だそうです。宝厳院は時代劇にときどき登場して、この門は「鬼平犯科帳」では料理屋の玄関として放映されたそうです。

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ここでお茶をいただきました。閉門の間際でしたが、わざわざお湯を沸かしてくださり、ありがとうございました。お茶菓子は紅葉の形をしていて特製だそうです。

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茶庵を出て、順路にそって少し右(北)に行きます。

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「本堂」 その障壁画58面は、洋画家・田村能里子による「風河燦燦 三三自在」で、三十三人の老若男女の姿が独特の赤により描かれています。本堂へは別途拝観料が必要です。本堂と隣の書院の室内は撮影禁止です。

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書院は、大正8年に日本郵船の重役であった林民雄氏が別荘として建てたものです。大正から昭和初期の数寄屋建築の黄金期の中でも、この書院は近代数寄屋建築の代表的な建物だそうです。右にある小さな滝からの水が小川となって庭園を流れていきます。

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少し戻って園路を東に行くと、「碧岩」があります。これは、2億年前の海底に堆積した微生物やプランクトンからできたチャート(堆積岩の一種)で、大堰川上流、有栖川上流、龍安寺の山手から産出するそうです。

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このあたりは美しい苔地になっています。

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「豊丸垣」 竹の小枝を下向きに重ねた垣です。あたかも昔の田植えの風景に見られる、藁や麦わらで作った蓑に似ていることから蓑垣とも呼ばれます。

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左が書院で、紅葉が美しいところです。

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安土桃山時代の天正年間(1573-1585)、豊臣秀吉により宝厳院は再建されました。

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また、江戸時代には徳川幕府による外護が幕末まで続きました。

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「獅子岩」 碧岩と同質の岩で獅子の姿をしています。前述の「都林泉名勝図鑑」にも記載されているそうです。

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東の塀沿いに羅漢像があります。この塀の外側や道の向かいにも羅漢があり、全体が「嵐山羅漢」です。「五百羅漢を嵐山に建立することにより、人類の安心立命と嵐山の守護・景観保全を祈念し、有縁無縁の菩提を弔う」という趣旨だそうです。

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書院のそばから流れてきた水は、このあたりでは「大堰川」となっています。後ろは光悦寺垣。

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明治時代になると河川工事のため、宝厳院の寺域が買い上げられ、弘源寺の境内に移転しました。

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平成14年(2002)、現在地を購入して移転、宝厳院は再興されました。

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茶席「青嶂軒(せいしょうけん)」 書院と同様に大正時代の建物で、近年に修復したそうです。

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青嶂軒を囲むように続く垣は、蓑垣の耐久力を増すために上部に屋根をつけたもので、「宝厳院垣」と呼ばれています。今来た道は左で、右は入口からの道です。

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ここには背の高い枝垂桜があり、休憩場所になっています。

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コメント

春は桜だけでなく、いろんな花が咲いていいものですよね。
黄色とか、冬に見られない鮮やかな花を見ると
癒されます。

投稿: munixyu | 2018年4月10日 (火) 12:02

宝厳院は美しいですね~~。紅葉で有名なイメージですが、いろんな花がありますね!花の名前はあまり知らないので、ちょいともどかしいですが。。。
三尊石の下の写真の白い釣鐘型の花は。。ドウダンツツジでしょうか。。。光悦寺でもみかけたのですが、普通のドウダンツツジより花が密集していてしだれているようなので、違う種類なのかなぁ。。と疑問におもってるやつです~。

投稿: ばるさろ | 2018年4月10日 (火) 22:27

★ばるさろさん こんばんは♪
三尊石の下の写真の花は、自信がないのですが、馬酔木(アセビ)ではないかと思います。宝厳院にはいろいろな花が点在しているのですが、ほとんど名札がありません。一方、天龍寺の百花園にはもっと密に草花が植えられていて、それぞれに名札が付いているので自然に名前を覚えられます。

投稿: りせ | 2018年4月11日 (水) 23:55

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