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2018年3月 5日 (月)

白雲神社 御所の弁天さん

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都御苑の梅林の前に白雲神社があります。御苑にある三つの神社はいずれもここに住んでいた公家の鎮守社だったという歴史があります。下の写真は御苑の西の通りで、左に「西園寺邸跡」の石碑があります。

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鎌倉時代前期の元仁元年(1224)、西園寺公経(きんつね)が別荘の北山殿(北山第)を造営し、その鎮守社として妙音堂を建立し、妙音弁財天を祀ったといわれています。

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藤原公経(1171-1244)は鎌倉幕府や朝廷とも関係が深く、太政大臣、従一位まで昇り詰めた有力公卿でした。広大な敷地を持つ北山殿には、氏寺として浄土宗の「西園寺」が創建され、複数の院坊、不動堂、五大堂、妙音堂などが建ち並びました。

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以後、西園寺公経と称されるようになり、公経は琵琶の名手で、歌にも秀で新古今和歌集以下の勅撰集に入集しています。小倉百人一首の入道前太政大臣は西園寺公経のことです。

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室町時代になると西園寺家も力を失い、北山殿は将軍・足利義満に譲られ、義満は山荘を大改修して舎利殿び金閣を建てました。西園寺家は、室町頭(上京区)に移ったといわれています。(拝殿)

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本殿には祭神として宗像三女神のひとつ、市杵島姫命(いちしまひめのみこと)を祀ります。明治初年の神仏分離令で、神社では仏教の神・弁財天をそれまで同一視されてきた日本神話の神・市杵島姫命と改めました。しかし、現在でも人々は弁天さんと呼んでいます。

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この弁才天像は、胎蔵曼荼羅と同じく2臂の坐像の菩薩形で、琵琶の宗家の西園寺家で信仰されてきたらしく琵琶を演奏する珍しい形の像です。様式的にも鎌倉時代初期のもので、日本における2臂弁才天の最古の例と見なされているそうです。

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その後の妙音堂はいくつかの変遷を経て、一時京極寺の鎮守社・八幡宮(赤八幡宮)に遷座したことが分かっています。京極寺は上御霊神社の北(北区小山下総町)にありましたが廃寺となっています。(社務所の隣の部屋)

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江戸時代中期の明和6年(1769)、西園寺邸が現在地(京都御苑)へ移転することになり、西園寺公晃、賞季が勅許を得て邸内に妙音堂を再興しました。(高松塚古墳に描かれた「朝賀の儀式」を表現した人形が奉納されています。)

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以後、妙音堂は御所の祈祷所と定められ、御所の弁天さんとして人々にも信仰されてきました。

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本殿の裏にある「薬師石」 別名「御所のへそ石」とも呼ばれ、この石を撫でてから患部をさすると、病気や怪我の回復に功徳があるとされます。

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明治2年(1869)西園寺公望はこの地に私塾「立命館」を開いたので、この地は立命館大学発祥の地でもあります。(前面には人面を思わせる凹凸があり、古くから神が降臨した磐座として大切にされてきたそうです。)

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一方で、明治初年には東京遷都が定められ、その後他の公家たちとともに西園寺家も東京へ移りました。

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しかしながら妙音堂は現在地に残され、明治11年(1878)地元有志の尽力により、かつての鎮座地名にちなんで白雲神社に改められました。西園寺家が北山殿から移った室町頭はかっての白雲村にありました。

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下の「福寿稲荷神社」は境内の東南隅にある末社で、かって西園寺家の屋敷神として祀られていたものだそうです。

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本殿の周囲を一周しました。下の「絵馬堂」には中京区在住の画家・衣笠泰介(たいすけ、1989-)が平成23年(2011)に奉納した絵馬が掲げられています。

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氏は自閉症のためほぼ会話ができず、小さい頃から独学で絵に没頭してきたそうです。最近になってその才能が認められ、ニューヨーク現代美術Zeroart展の優秀賞などの受賞やいくつかの絵画展に入選し、現在国内外で個展が開かれています。

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また、企業とのコラボレーションや製品化も多数あり、京都のギャラリーミラクルで常設展が行われています。絵馬は独特の色彩と力強いタッチで描かれ、氏が活発な制作活動を始めた時期にあたり、その成功を祈願したものと思われます。

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こちらの絵馬は宮司さんの作です。

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こちらは南門、次第に暗くなって灯りが目立つようになってきました。

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コメント

絵馬、不思議な絵ですね。
子供のような絵なのに、どこか力のある。
ピカソとかの世界感があるのかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2018年3月 5日 (月) 19:20

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