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2018年2月11日 (日)

西向寺 紫野東蓮台の浄土宗寺院

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

千本通の北にある佛教大学の前、北大路通と今宮通に囲まれた場所に西向(さいこう)寺という寺があります。「西向寺」は幸阿弥谷と号する浄土宗知恩院派の寺院です。

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江戸時代初期の寛永年間(1624-1644)に、清誉浄顕(せいよじょうけん)上人が西向庵という草庵をこの地に創建して、念仏弘通(ぐつう、布教)の道場としたのが西向寺の始まりといわれています。「鐘楼」

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現在の堂宇は江戸時代中期の宝暦2年(1752)、6世俊龍(しゅんりゅう)和尚により再建されたものです。(境内のあちこちに石仏群があります。かっての葬送地だったことや、明治の地蔵撤去令によって近くの住民が持ち込んだものと思われます。)

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明治初年(1868)の神仏分離令後の廃仏毀釈によって廃寺になった上賀茂神社別所・上賀茂御堂西念寺から2体の阿弥陀如来像が当寺に遷されたといわれています。「紫雲亭」、あずまやのようです。

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後の明治15年(1882)本山知恩院から西向寺の寺号を与えられ、以後は開かれた寺として地域住民に親しまれて現在に至っています。左は「本堂」。

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本堂には本尊の阿弥陀如来と二十五菩薩を祀ります。南脇壇の2体の阿弥陀如来像は藤原時代中期の作で「二葉の弥陀」といわれ、胎内に納められた慶安2年(1649)銘の本尊再興奉加帖から、上記のように上賀茂の西念寺から遷されたものと推定されています。

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本堂の前の庭に十三重塔があり、その右に比叡山が見えます。この庭には様々な草花が植えられ、それぞれの季節を美しく彩ります。写真家の水野克比古さんは西向寺の檀家で、京都の庭園の写真集にはこの庭も登場するそうです。

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山門からの参道の正面に「庫裡」があります。

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庫裡の横に「地蔵堂」があります。

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中には美しい聖観世音菩薩像が祀られていました。

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地蔵堂の横にも石仏や祠があります。

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「鎮守社」だそうです。

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「水子地蔵尊」

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さらに奥に行くと祠に「石板塔婆(板碑)」が安置されています。明徳2年(1391の)銘があり、知恩寺の塔頭了蓮寺の阿弥陀図像板碑、東山正法寺の阿弥陀三尊種子板碑と併せて、「京の三板碑」の一つとして知られています。

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周囲に長方形の輪郭が彫られ、地蔵尊の上部に火焔宝珠付きの天蓋、右手に錫状、左手に宝珠を持ち、胸は瓔珞で飾られ、足元に花瓶に挿された2対の蓮華の宝花が置かれています。浅い彫りなので、「爪掘地蔵」とも呼ばれています。

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ところで、山門の前に「二宮尊徳(金治郎)」像があります。かっては多くの小学校に置かれていたこの像は、銅像は戦時供出になり、戦後になると史実として確認できない、交通安全上の問題があるという声もあり、数が減少しているそうです。

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多くの像は住民や卒業生が寄付したものて、むやみに廃棄できなくて近くの寺社に持ち込まれた像もあるようです。また、破損した像を修復する際には坐像に作り替えられた場合もあるそうです。

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コメント

石仏も観音さんも、みんななんとなく寒そうですね。
今年の冬は、例年より寒くて大変。
早く春が来て欲しいものです。

投稿: munixyu | 2018年2月11日 (日) 10:26

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