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2018年2月 5日 (月)

聖護院 採燈大護摩供

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の須賀神社へ訪れる前に、聖護院で行われた「節分会厄除け採燈大護摩供」を見てきました。「聖護院」は本山修験宗の総本山で、皇室とゆかりが深く、圓満院、実相院とともに寺門派(三井寺)三門跡の一つに数えられています。

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宸殿前の庭には護摩壇が設けられ、周囲にロープを張って結界を作っています。ほら貝の音とともに、総本山の山伏たちが入ってきました。

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しばらくすると、再びほら貝の音とともにもう一組の山伏がやってきました。こちらは宸殿前で止められ、「山伏問答」が行われます。「修験道とは?」、「山伏とは?」、「宗祖は?」、「なぜ獣の皮を身に着けているのか?」などの試問に的確に答えて、

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入場を許されます。現在では儀式の一つになっていますが、かっては護摩供が行われることを聞いて全国から山伏が集まり、その中には偽物も混じっていて本当の山伏かどうかを見極めるためだったそうです。

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最初に、邪気を祓い結界を清めるための一連の儀式が行われます。「法弓」で東西南北と護摩壇に矢を射ます。南は道路があるために射る真似をするだけですが、他の方角は実際に矢が飛んでいきます。

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最後に鬼門の方角にも矢を射ます。

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次に、「臨・兵・闘・者・皆・仁・烈・在・前」を唱えながら「法剣」で九字を切る九字護身法(くじごしんぼう)を行います。これは、煩悩や悪魔を退散させて、災難を除く密教の修法です。修験道は密教の影響も受けています。

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修験道は奈良時代に役行者(役小角)が創始したとされ、平安時代のころから盛んに信仰されるようになりました。日本古来の山岳信仰と、新たに渡来してきた密教(天台宗・真言宗)の山中の修行が結びついて独自の修験道が誕生したといわれます。

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次に、「法斧」を使って壇木を清める所作をします。

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火がついた二つの松明が持ち込まれ、儀式を取り仕切る「導師」が祭文を奏上した後、護摩壇に点火されます。導師は聖護院の門主が務めます。聖護院は門跡寺院だったので、住持は門主と呼ばれます。

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護摩壇は杉の枝が積まれ、さらに上から水をかけるので、最初は煙が立ち上がります。

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私がいるところも煙に包まれてしまいましたが、水蒸気が多いようでそれほど煙たくはありません。

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煙の中で導師が法剣で邪気を祓い、「乳木」(にゅうもく)を護摩壇に投げ入れます。乳木は護摩木の一種ですが、乳汁の多い桑などの生木で邪気を清める煙が多くでます。

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乳木を入れたら、「散杖さんじょう」という特殊な杖でお清めします(TOPの写真)。その後、扇で煙あおぐのは、周囲に煙を広めるためだと思われます。この一連の作法を護摩供の間に何回か繰り返します。

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やがて、炎が見えてきました。

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あらかじめ祈願や供養のために奉納された護摩木が投げ込まれます。

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護摩木が焚かれる間、導師は読経を続けます。

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護摩木を投げ入れた後、参拝者から持ち込まれたものを箱に入れて火にかざし、祓い清めます。

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ところで、「採燈大護摩供」とは野外で行われる大規模な護摩供養のことです。「採燈」は野外でありあわせの火を焚くという意味で、天台宗系の護摩供で使われる言葉だそうです。太鼓が鳴り響き、山伏たちも読経を続けます。

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一方、真言宗系で「柴燈」と書くのは、山中で柴や薪で檀を築いたことからといわれています。(導師が手元で乳木を一回転させてから護摩壇に投げ込むのががちょっとカッコいい。)

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導師を務めた門主・宮城泰年師は塔頭の積善院に生まれ、大学卒業後に新聞社に勤めました。後に聖護院に帰山し、庶務部長、宗務総長、聖護院門跡執事長などを歴任しました。(導師が印を結び、結界を解いて護摩供が終了しました。)

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その間、北爆下のベトナムやポル・ポト政権直後のカンボジアなどを取材し、仏教者と交流したそうです。2000年に龍谷大学客員教授、2007年に門主に就任、宗教者として積極的な平和活動も行っています。(護摩供の後、玄関の前で山伏たちが整列していました。)

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こちらは焚火です。

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コメント

乾燥もあって、凄くよく燃えていますね。
部屋の湿度は23%です。
火の近くの人は、熱くて大変でしょうね。

投稿: munixyu | 2018年2月 5日 (月) 14:27

これは見ごたえのある儀式ですね~~。聖護院の宸殿前の庭ってがらーんとしているなぁ。。なんて思ってたのですが。。。護摩を焚くところだったのか!と納得。修験道って関東、特に東京では身近じゃない感じです。。。ちょいと神秘的な感じもして興味深いなぁ。。

投稿: ばるさろ | 2018年2月 6日 (火) 23:10

★munixyuさん こんばんは♪
火の近くの山伏たちはさすがに熱くて煙たそうでした。とうやら煙が大事なようで、わざと水をかけたり、煙が出やすい乳木を投げ入れていました。

投稿: りせ | 2018年2月 8日 (木) 22:48

★ばるさろさん こんばんは♪
護摩供はあちこちのお寺で行われていて、聖護院から山伏が出向いている場合が多いです。修験道は他の宗派と違い、信じるというよりは自ら修行をすることが第一歩のようですね。でも、滝行体験はあちこちで行われていますが、そこから修験道に入るという人は少ないでしょうね。

投稿: りせ | 2018年2月 8日 (木) 22:58

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