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2018年1月12日 (金)

下鴨神社・大炊殿から葵公園へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、下鴨神社で蹴鞠はじめを見た後、大炊殿(おおいどの)の特別拝観をしました。以前とは違い、御手洗社の横が拝観受付になっています。そばの門をを入ると四色幕が張られ回廊があります。(TOPの写真)、

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ここは、今回の式年遷宮事業で整備された「浦の廻廊」とよばれ、下鴨神社の本殿を裏から参拝するための参道です。「うら」はもともと文字がなかった時代の言葉で奥深いという意味で、「浦」は当て字だそうです。

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本殿の北に門があり、近くで参拝することができますが、写真撮影はできません。後ろの柱は放水銃です。回廊はこの先、本殿の横にある「三井神社」の裏を通り、「葵の庭」まで続いています。

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「葵の森」は前回の式年遷宮(平成6年)と世界文化遺産登録を記念して、かって野御所の庭にあった葵が自生する庭を再現したものです。今回の式年遷宮でも飛び石を設置するなど整備されました。

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葵の庭にはツワブキやヤブコウジなどの薬草が自生しカリンの木も生えていて、「カリンの庭」ともよばれます。カリンの実は喘息などの咳止めによいとされています。

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自由に持って帰ってくださいとのことですが、硬くて渋いので調理をするのがちょっと面倒です。葉っぱに文字が書けるようです。

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ここには、御井、大炊殿、御車舎の建物が並んでいます。

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「御井(みい)」 向うの井戸屋の中に井筒があり、その水は神饌(神様へのお供え)調理に用いられました。12月12日の「若水神事」では、手前の磐座「水ごしらえ場」で汲み上げた水が入った桶をお供えする儀式が行われます。

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「大炊殿」(重文) 神饌の煮炊きや調理をしていた建物で、江戸時代初期の寛永年間の遷宮の際に再建されたものです。それ以前の大炊殿は文明の兵火(1470)で焼失しました。

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ここでは主として、ご飯やお餅など穀物類の調理が行われました。土間には竈(かまど)があり、中の間には食材を洗い調理する台所と、火伏せの「大炊殿の神」が祀られています。

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奥の間には盛りつけた神饌を御神前にお供えする順に並べておく配膳棚が設けられています。下は葵祭の配膳棚。古代より伝わるお供えのレプリカや器も展示されています。

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現在の神饌の調理は本殿の西南にある「西御料屋」で行われ、ここは資料の展示館となっています。奥の間からは葵の庭が見えます。

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隣に江戸時代のものを再現した牛車が置いてあり、屋根の造りが唐破風になっているので「唐車」とよばれます。上皇、皇后、東宮、親王などの皇族や、摂政、関白などが使用した格式の高い車だそうです。この左に「御車舎資料館」があります。

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資料館の向こうに「三ツ葉葵紋蒔絵籠」があります。徳川家(松平家)は三河の当神社荘園が発祥の地で、氏神の賀茂神社の葵の紋を頂いて三ツ葉葵が誕生したといわれています。NHK大河ドラマ「篤姫」を記念して展示されました。

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「御車舎(おくるまや)」には儀装馬車が展示されています。宮中で使われているものと同型の二頭曳きの小型馬車で、現在では葵祭前儀と流鏑馬神事、御蔭祭に使用されています。

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特別拝観券には「鴨社資料館秀穂舎」、「河合神社・鴨長明 資料館」の拝観券もついていましたが、遅くなったので後日にしました。焚火で温まってから、いつもはあまり通らない西の出入り口に向かいました。

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西の駐車場の近くにある末社「祓社(はらいしゃ)」 祭神として祓戸神(はらへどのかみ)他2柱を祀り、旅行や交通安全、災難除け、病難除けのご利益があるとか。車のお祓いができるようになっています。  

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西の出入り口近くにある「印納社」 祭神として倉稲魂神(くらのいなだまのかみ)と印璽大神(おしでのおおかみ)を祀り、古印を納めて守護を仰く社だそうです。

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「愛宕社・稲荷社」 この一帯は平安時代初期から室町時代まで、賀茂斎院御所のあった場所で、そこに祀られていた2社が一つの社殿に祀られています。。  

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平安時代の式年遷宮(1161年)の記録に、日照りの際、ここにあった御手洗の井戸に降雨を祈ったところ、糺の森の三本杉から水が湧いたといわれています。下鴨神社の祭神神話に出てくる船形磐座の手水鉢に、3本の杉の古木からなる手水樋を復元しています。

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西口から下鴨神社を出て、下鴨本通を出町の方に向かいました。

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「鴨脚(いちょう)家」 このあたりは室町時代の応仁年間から下鴨神社の社家町でしたが、下鴨本通の開通によってほとんどの社家が退去し、鴨脚家は唯一現存する神官の屋敷です。伏流水が湧き出る庭園は京都市の名勝に指定されています。

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葵橋のたもとに、「府立鴨川公園」の入口があります。

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ここは下鴨西通と下鴨東通に囲まれた細長い公園で、出町の三角州の北になります。

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この公園の北は家庭裁判所、東は旧三井家下鴨別邸があります。下鴨神社の境内を流れてきた泉川がここに流れこんできて、二手に分かれますがいずれも鴨川に注きます。

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鴨川公園は鴨川の河川敷に造られた広い範囲の公園ですが、ここの部分は特に「葵公園」ともよばれています。

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公園の南部に「尾上松之助」の銅像が建っています。尾上松之助(1875-1926)は、生涯1000本以上の映画に出演し「目玉の松ちゃん」と親しまれた日本最古の映画俳優です。晩年は慈善活動に貢献し、学校や福祉事業に巨額の寄付をしました。

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京都府に寄付した資金で出世長屋と呼ばれる府営住宅が建設されました。昭和41年に老朽化した住宅が処分され、その財源で建て直されました。取り潰しで松之助の功績が消滅するのを惜しんだ当時の蜷川虎三知事の発案で、財源の余りで胸像が建てられました。

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出町橋のあたりはいつもトンビやカラスが舞っています。

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コメント

カリンはジャムとかに使うイメージです。
名前はよく聞きますが食べ方は、あまりよくわからないですよね。
皮も固そうで扱いにくいのかな。

投稿: munixyu | 2018年1月12日 (金) 11:29

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