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2018年1月 8日 (月)

伏見稲荷大社 初詣2018

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

伏見稲荷大社の初詣に行ってきました(一昨日)。上はJR奈良線伏見駅前の一の鳥居で、三が日を過ぎてもかなりの人出でした。

私は京阪で来たので、鴨川運河にかかる稲荷橋を渡ります。向うに神幸道(裏参道)の入口の鳥居が見えます。

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「弥さめ家」 稲荷ずし、店頭で焼くうなぎやウズラが名物です。屋号は、豊臣秀吉が母の病気治癒祈願に毎朝伏見稲荷にお参りをしていたとき、朝早くから開いていたこのお店に正室「袮々(ねね)」の「袮」を与えたといわれています。

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「伏見稲荷大社」は全国各地に祀られている稲荷神社の総本宮で、その創建は京都に都が造営される以前の奈良時代にさかのぼります。(TOPの写真の一の鳥居をくぐって表参道を行くと、楼門の前に二の鳥居があります。)

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5世紀前後、この地に渡来系氏族の秦氏が進出し、それ以来この地で祭祀が行なわれていたとみられています。下は「楼門」、楼門の左の「北廻廊」、右の「南廻廊」はともに重要文化財。

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奈良時代初めの和銅4年(711)、稲荷大神(いなりおおかみ)が、稲荷山の三嶺の平らな所に示現したとの伝承があり、社伝ではこのときを創祀としています。楼門左の「狛狐」は稲荷大神の宝蔵、米倉を開く秘鍵をくわえています。

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安土桃山時代の天正17年(1589)、豊臣秀吉は社領106石を寄進して、楼門を再建しました。右の狛狐は宝珠をくわえています。

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楼門の両脇に随身像が安置されています。寺院の仁王像と同じように神に仕えて警護する役割をしています。左は「左大臣」で若者の姿をしています。

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右はより位が高い「右大臣」で、像も年長の姿をしています。

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振り返って表参道の方、全国の神社の初詣参拝者集(三が日)は、ここ数年の平均で1位が明治神宮(約320万人)、2位が伏見稲荷大社(約270万人)、3位が住吉大社(約260万人)だそうです。30位以内に、八坂神社(約95万人)と北野天満宮(約50万人)があります。

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ちなみに、今年に記事にした平安神宮と下鴨神社の初詣参拝者数はともに20万人前後だそうです。楼門を入ると「外(げ)拝殿」(重文)があります。こちらも楼門と同じ時期に再建され、江戸時代末の1839年に改築されました。

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正面は「東丸神社」で、荷田春満を祭神として1883年に創建され、学問の神として信仰されてきました。東丸は東満の後の名です。右に「荷田東満(かだのあずままろ)旧宅」があります。

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荷田氏は代々伏見稲荷の社家で、東満は江戸時代の国学の祖とされ、東山に倭学校を開設しました。弟子には国学者、歌人の賀茂真淵、孫弟子に本居宣長や平田篤胤がいます。

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祭神が学者だったということで、すごい数の合格祈願の絵馬がありました。全て今年の絵馬です。

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お母さんらしき方の参拝も多く、試験当日に再度(神社が)祈祷をすることもできます。試験日が分からない場合は神社が教えてくれるそうです。

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一段高いところに「内拝殿」があります。江戸時代の1694年に造営され、1961年に「本殿」(重文)から唐破風朱塗向拝が切り離され、現在のように正面に付け加えられました。「内拝殿」の前では撮影できそうにありません。

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主祭神は宇莫迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ、佐田彦大神(さだひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)の3座に、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)を加えた5座で、これらを稲荷大神と総称しています。

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古くは農耕や殖産興業、食物・蚕桑の信仰があり、中世から近世にかけて、商売繁盛や所願成就などの信仰も集めてきました。(上の狛狐は稲穂を加え、下は口を閉じています。)

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本殿の左にある「授与所」、こちらはお守りや絵馬などを授与していて、おみくじの授与所は別の場所に何か所も設けられていました。おみくじ箱を振る必要があるので、混雑する場所を避けたようです。

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「権殿」(重文) 寛永12年(1635年)に建立され 右から八幡宮社(応神天皇、日吉社(大山作神)、若王子社(若王子大神)、猛尾社(須佐之男命)、蛭子社(事代主神)。本殿の右後ろにあり、参拝者が大勢いました。

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千本鳥居、奥の院の方へ向かいます。最初の石段を上ったところに、「長者社」(旧社家の秦氏)、「荷田社」(旧社家の荷田氏)、「五社相殿社」、「玉山稲荷社」などの摂社・末社があります。

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もう一つの石段を上ると左に「白狐社(びゃっこしゃ)」(重文)と右に「奥宮」(重文)があります。奥宮は本殿と同じ流造で稲荷大神を祀り、他の社とは別格の末社です。室町時代中頃には存在していて、現在の建物は安土桃山時代のの建立。

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奥宮の右手が鳥居が並ぶ参道の入口で、記念撮影のスポットです。ここからは外国人の方が目立ちます。これらの鳥居は、江戸時代以降に祈願成就のお礼として奉納されたものです。

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しばらく行くと、鳥居の参道が二つに分かれる場所があり、ここが「千本鳥居」です。ここはおなじみの撮影スポットなのですが、人が途切れることがありません。

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この部分の鳥居の正確な数は分かりませんが、860~900本だそうです。稲荷山の参道の鳥居は全体で約1万本ともいわれています。

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鳥居の隙間から下りの鳥居が見えます。千本鳥居はすべて同じ大きさ(5号)で、柱の直径が15cmだそうです。

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この部分に鳥居を奉納すると20万円以下ですが、10年も経つと朽ちてしまうそうです。つまり、常に入れ替えられていて総数も変化しているようです。

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「奥の院」(重文)に着きました。このあたりは「命婦谷」とよばれ、授与所や手水舎、休憩所の「大薮茶亭」などもあります。

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奥の院は「奥社奉拝所」ともいい、創建時期は不明ですが、戦国時代の1499年には存在していたようです。現在の社殿は江戸時代後期の寛政6年(1794)に再建されたものです。手前は拝所でその奥に社殿があります。

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ここの絵馬「白狐絵馬」は狐の顔の形をしていて、自分で顔を描くことができます。

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「おもかる石」 石灯籠の前で願いごとをし、燈籠の上の丸い石(空輪、擬宝?)を持ち上げ予想より軽ければ願い事が叶い、重ければ叶わないといわれています。外国人も多く長い行列ができていました。

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願い事に自信があったり、積極的に叶えようという意思が強ければ、思ったより軽く感じられるのかも知れません。

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コメント

やっぱり、ここは満員ですね。
白狐絵馬、かわいいですね。
たくさん並んでいると、本物の白狐がいてもわからないかもしれません。

投稿: munixyu | 2018年1月 8日 (月) 13:18

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