2017 桜2

2017年4月19日 (水)

桜 額縁門の天寧寺 閑臥庵

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

早咲きの枝垂れ桜の本満寺から、北に上がると鞍馬口通りの手前に「天寧寺」があります。境内にある紅の枝垂れ桜の咲く頃には必ず、と思いながら何年経ったでしょうか、今年は忘れずに行ってきました。
天寧寺の山門からの眺めは絵画のようで比叡山の「額縁の門」と呼ばれています(天寧寺は拝観寺院ではありませんが、門の中には入れます)

天寧寺(てんねいじ)  山号 萬松山 曹洞宗。
もとは会津城下にあったが、天正年間(1573~1592)に、天台宗松陰坊の遺跡といわれるこの地に移転されたと伝えられています。
その後、天明の大火により堂宇を焼失したが、本堂は文化9年(1812)に、書院は天保14年(1842)に再建されました。

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正面が比叡山、紅枝垂れは5-6分咲きというところでしょうか(撮影:4月9日)

以前から気になっていた物が何なのか分かりました。それは左手前にある石造りの「丸い太鼓の上に鶏が乗っているもの」です。これは「諌鼓鶏」(かんこどり)といいます。

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「諌鼓鶏」(かんこどり)
中国の昔のこと、政治に不満のある時に諌言する人民に打ち鳴らさせるために、朝廷の門外に諌鼓(かんこ)という太鼓を設けました。
しかし、善政を行ったので太鼓は鳴ることもなく永年の間に苔むし、鶏の格好の遊び場となっていたといいます。

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「閑古鳥が鳴く」を普通使いますが、閑古鳥とはカッコウの別称で、鳴き声が物悲しいから、人の訪れがなく寂れた店を「閑古鳥が鳴く」と表現されますが、
「諫鼓鳥が鳴く」は善政によって諫鼓(太鼓)をならす必要がなく、「天下泰平の象徴」であると言われています。
前者は客が来ないで商売にならない意味、後者は過疎化したという意味です。

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そしてもう一つ・・・門の扉の柱に何やら貼られているのに気づきました。

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「立春大吉」のお札です。立春大吉とは立春の日に禅寺の門前に張り出される、「厄除け」のお札です。
立春の前日の「節分」の日に豆まきをして一年間の厄を払い、新しい年の始まりの立春の日に厄が来ないようにという願いで「立春大吉」のお札を貼ったそうです。

「立春大吉」は、縦に書かれます。
この四文字の真ん中に線を引くと四文字すべてが左右対称になり、 裏から見ても表から見ても「立春大吉」と読むことが出来ます。

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このお札が玄関に貼ってあると、 鬼が家に入ってから振り返っても同じように「立春大吉」と書かれた お札が見えるため、勘違いして逆戻りする。つまり鬼が入って来ず、一年を平穏無事に過ごすことが出来るという意味で、厄除けとして「立春大吉」という言葉が使われるようになったそうです。

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「立春大吉」のお札は以前の写真にもありましたが、今回初めて気づきました。

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鐘楼と枝垂れ桜

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「諫鼓鳥」(かんこどり)と「立春大吉」が分かり、今回訪れてスッキリしました。

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可愛い紅枝垂れの花です。

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紅枝垂れと八重の桜の道

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お地蔵さまと

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葉も出たばかりの若い色

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比叡山、九重の石塔、明智光秀公報恩塔の小さな石柱。椿が満開でした。

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---------------------閑臥庵-----------------------

ここからは閑臥庵、天寧寺からほんの少し北に上がった鞍馬口通りです。

閑臥庵(かんがあん)  山号:瑞芝山  黄檗宗の禅寺
もとは、梶井常修院の宮の院邸であったが、江戸時代前期に後水尾法皇が、夢枕に立った父・後陽成天皇の言葉に従って、王城鎮護のために貴船の奥の院より鎮宅霊符神をこの地に歓請し、初代隠元禅師から六代目の黄檗山萬福寺管長千呆禅師が開創となって寺としたのが当寺の起こりです。

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閑臥庵に祀られている北辰鎮宅霊符神は、十千十二支九星を司る総守護神で、陰陽道最高の神とされています(正面のお堂です)。花は「紅白源平枝垂桃」。

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「紅白源平枝垂桃」

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羅漢さんは「嵐山の羅漢」とよく似ていますね。

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閑臥庵は「京懐石普茶料理」で有名。以前お昼に行った時の記事をご覧ください。普茶料理とは思えない美しさです。

チベットの高僧によって「砂曼荼羅」が公開された記事はこちらです。とても美しい砂曼荼羅です。

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本堂右横の枝垂桜「あけぼの」も咲き始めていました。

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京都の桜は「盛り過ぎ」「見頃終了」が多くなりましたが、八重桜はまだ咲いているようです。桜が咲きだすと1日に何ヵ所も訪れる為、まだまだ桜の京都は撮っています。引き続き京都の桜をお楽しみくださいね。

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「紅白源平枝垂桃」

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2017年4月18日 (火)

嵐山公園 2017春

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の法輪寺を出て、中の島に来ました。正式には嵐山公園中ノ島地区という京都府の公園です。桂川に沿って東西に長い中ノ島一帯に桜や松が植えられ、南部には茶店が並んでいます。

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このあたりには比較的若い紅枝垂桜が目立ちます。

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しばらく行くとソメイヨシノもあり、向こうに渡月橋が見えます。

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平成25年の8月の台風18号による大雨によって、このあたりは洪水となり大きな被害を受けました。現在では護岸工事が行われ、お店もほとんどが復興していますが、廃業した店もあるようです。

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円山公園にある「祇園枝垂桜」の若木が植えられています。

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中の島から南岸にわたる橋から、向こうに保津川下りの船を吊り上げるクレーンがあります。

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ここは中の島ではなく、松尾橋までの河川敷にある嵐山東公園の一部です。約1500本のソメイヨシノや山桜植えられています。

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芝生に大きな桜の木が並んでいて、お花見の家族連れにぴったりの公園です。

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人だかりがしていたので行ってみると、

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可愛いわんちゃんの撮影会?でした。

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もう一度中の島に戻ります。

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今度は中の島の北側を渡月橋まで戻ります。

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対岸も嵐山公園で、臨川寺地区と呼ばれます。

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臨川寺(りんせんじ)は夢窓疎石の創建した臨済宗の寺ですが、通常は非公開です。

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最後に、桜情報を少し。雨や温かい日が続いて、市内中央から南部のソメイヨシノは「散り始め」や「見頃終了」となっているところがほとんどになりました。

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大原、鞍馬、常照皇寺、醍醐寺は昨日の段階でも「満開」となっています。

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半木の道や平安神宮、平野神社の枝垂桜、雨宝院の歓喜桜も昨日の段階で「満開」となっています。

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この後、天龍寺に向かいました。

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2017年4月17日 (月)

祇園白川 夜桜2017

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

ずいぶん前のことになってしまいましたが(4月3日)、祇園白川の夜桜を見てきました。川端通から白川南通に入ります。

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道の端に地蔵尊(左)と弁財天(右)が祀られていて、このあたりの鎮守だと思われます。

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料亭「京新山」

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実は、3月末に「祇園白川さくらライトアップ」が今年は中止になったというニュースがありました。だだし、街灯りでなんとか夜桜を楽しむことができます。

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中止になった理由は、観光客の増加で予期せぬ事故の恐れもあり、地元住民の有志でつくる実行委員会だけでは対応できないと判断したためだそうです。この縄手筋(大和大路通)を横断歩道ではない場所で横切る人が多いのもその原因の一つだそうです。

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1990年から京都市が観光事業として白川沿いのソメイヨシノや枝垂桜など約40本のライトアップを始め、2006年から実行委員会の主催となりました。

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毎年3月末から4月初旬にかけての10日間にライトアップが行われ、昼間も含めると約30万人の花見客が訪れていたといいます。

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PASS THE BATON(パスダバトン) 一昨年の夏にオープンしたセレクトリサイクルショップです。商品に出品者の情報を添えて展示しています。中にカフェ「たすき」もあります。

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料理旅館「白梅」

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白河沿いに、ソメイヨシノ32本、枝垂桜7本、山桜3本、里桜1本が植えられているそうです。ソメイヨシノは4月1日に開花して、3分咲き程度でした。

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正面は料亭「祇園 琢磨」

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通りの北を見ると、左は「しぐれ茶屋 侘助」、左は「京都 和硝子」の祇園ギャラリー。

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中央は「祇園かにかくに」

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左は割烹「さか本」。

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吉井勇の歌碑、「かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる」。この場所は、お茶屋の「大友」があった場所です。白河沿いにはお茶屋が並んでしましたが、第二次世界大戦の戦局の悪化とともに撤去されてしまいました。

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大友の女将の「磯田多佳」は祇園甲部の芸妓でしたが、一方で夏目漱石、谷崎潤一郎、吉井勇など多くの文学者と交流した歌人でもあり、「文学芸妓」と呼ばれました。そして、大友は、有名作家や画家が集まるサロンのようになっていました。

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歌碑の前は撮影スポットなので、いつも人だかりです。

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巽橋の近くに来ました。

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一筋北の新橋通と交わるところに「辰巳神社」があります。京都御所の辰巳(南東)の方角を守る神社でしたが、祇園の人々の信仰が厚く、芸舞妓さんが芸事の上達を祈って訪れるようになりました。祭神の辰巳大明神は狸だったといわれています。

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その狸は、すぐ横の巽橋に住み着いていて、橋を渡る人を化かしては白川の中を歩かせていました。困った祇園の人々が、この狸を祀る祠を立てたところいたずらが収まったと伝わっています。

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新橋通には料亭・レストランが並んでいます。

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新橋通の辰巳神社の前にある「京都祇園チャペル」 町屋をリノベーションして、小規模な結婚式が挙げられ、会食もできるそうです。

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最初に説明したライトアップが中止になったもう一つの理由が、巽橋あたりで花見客が停滞して、橋から転落事故の恐れがあるとのことです。実行委員会では、これまで警備員を2人配置するなど安全確保に努めてきましが十分ではありませんでした。

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昨年秋から、運営予算などについて区役所と協議をしてきましたが、解決できずにやむなくライトアップを中止したということです。ライトアップの経費を負担してきた地元の164店舗も大半が中止の判断に理解を示したといいます。

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このあたりの店は、花見客が増加しても必ずしも売り上げに直結せず、むしろボランティアとして今までライトアップを支えてきたといえます。同じように、観光客が増えても京都市の税収に反映せず、市は観光新税を検討しているそうです。

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木屋町通や二条城、円山公園のライトアップとは違って、古い町並みを背景とした祇園の夜桜は風情があります。でも、現在のところ、ライトアップ再開のめどが立たないことが残念です。

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観光新税の税収は、このライトアップが再開できるような観光客の安全や、文化財や景観などの観光資源の保全のために優先的に使って欲しいと思います。

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2017年4月16日 (日)

嵐山 法輪寺 2017春

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

渡月橋を渡り、法輪寺に来ました。今年の1月の大雪の日に訪れましたが、桜の頃が一番華やかになります。(山門)

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「法輪寺」 奈良時代の和銅6年(713)行基が開創して、木上山葛井寺(かずのいでら)と呼ばれました。以後、歴代天皇の勅願所として国家安泰、五穀豊穣、産業興隆などの信仰を集めました。

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平安時代の天長6年(829)、空海の弟子・道昌が寺を再興し、虚空蔵菩薩像を安置して法輪寺と称しました。

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本尊の虚空蔵菩薩(嵯峨虚空蔵)は、丑年と寅年の守り本尊だけでなく、記憶を増し智慧を授けるとの信仰があります。産業振興、技芸上達、学問向上、開運・招福などのご利益もあるとされます。

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また、数え年13の男女が智恵と福徳を授かるために参詣する「十三まいり」の寺としても知られています。桜の下には、狛犬ならぬ狛虎です。

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梅の木の下には狛牛、咲いているのは後ろの桜です。

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展望台となっている舞台に行きます。

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北(左手)の方から眺めていきます。五山送り火の鳥居形

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渡月橋が真下に見えます。

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中央は仁和寺の五重塔、右は山門。

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かすんでいますが「大文字」。ここからは、市内中央から見えない如意が岳(大文字山)の山頂が見えます。

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京都タワー

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本堂の前で撮影をしていました。この日(4月10日)に「京都 嵐山一日観光大使」に就任したアーティストの倉木麻衣さんです。

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4月12日に発売されたシングル「嵐山~君 想う~」とのコラボ企画ということで、嵐山各地を回られたそうです。

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「多宝塔」 1942年に再建された方形と円形の二重塔です。

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渡月橋あたりは混雑していましたが、法輪寺を訪れる人は多くありません。

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石段の途中に「電電宮」があります。寺を再興した道昌が行った求聞持法の満願の日に、空から明星が降りそそいで虚空蔵菩薩が現れたという言い伝えから、明星を表す明星天子を本地仏として、雷の神の電電明神を祀る明星社が鎮守社として祀られました。

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雷の神は田の神と同一視され、電電明神は住民から広く信仰されてきました。しかし、幕末の元治元年(1864)の禁門の変により、本堂とともに焼失して、その後仮宮に鎮座したままとなっていました。

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昭和31年(1956)当時の近畿電波監理局長・平林金之助は、今後電波の利用が多くなることから、電電明神を電気電波の祖神として祀り、併せて電気電波関連の研究先覚者や事業者の霊を顕彰すべきであると提唱しました。

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賛同した関西の電気電波関係者により明星社が再興、昭和44年(1969)に大阪万博を記念して社殿が再建され、電電宮と改称されました。また、山門横に電気研究者の代表としてエジソン、電波研究者の代表としてヘルツの肖像を掲げた顕彰碑が建てられました。

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現在では、電電宮はコンピュータ関係者や電気通信事業者からも信仰を集め、電気自動車やハイブリッドカーの電気システムの安全祈願も行っているそうです。

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山門の横に「稲荷社」の鳥居ができていました。以前は目立たない場所にあった社を、この場所に遷して、外からお参りができるようにしたようです。

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2017年4月15日 (土)

渡月橋 2017春

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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市内より遅れて桜が見頃になった嵐山に行ってきました。嵐電の嵐山駅を出て、渡月橋に向かいます。

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渡月橋の北に来ました。

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法輪寺の桜も見頃のようです。

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中ノ島(嵐山公園)の桜も満開で、大勢の人出が見えます。後で立ち寄ります。

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橋の上から、正面は嵐山。

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向こうは保津川下りの船着き場。

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中ノ島の渡月亭の横。

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渡月小橋の上から 左の岸には「星のや京都」の送迎船の桟橋、屋形船とボートの乗り場があります。

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お客を下した保津川下りの船が戻ってきました。

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小橋の下をくぐります。

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小橋の反対側で船を預けて、船頭さんは車で保津川下りの出発点の亀岡に戻ります。

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船はクレーンでトラックに積み込まれて、亀岡に輸送されます。

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渡月小橋を渡って、大堰川の右岸を少し遡ります。ここには外国人に人気の岩田山モンキーパークがあります。

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今まで気にしていませんでしたが、茶店の前に石碑があります。よく見ると「露営の歌」の碑でした。露営の歌は、「勝ってくるぞと 勇ましく 誓って故郷(くに)を・・・」で始まる軍歌ですが、なぜこの場所に石碑が建っているのでしょうか?

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昭和12年(1937)に日中戦争が勃発し、毎日新聞が戦意高揚のために「進軍の歌」の歌詞を公募しました。第1位入選作品は陸軍戸山学校軍楽隊が作曲しました。上の歌は、佳作第一席に入選した歌詞に古関裕而が作曲して『露営の歌』と曲名が改められたものです。

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二つの軍歌のレコードは日本コロンビアから発売されましたが、B面の露営の歌がA面をしのぐ人気となり、当時としては珍しい60万枚の売り上げとなりました。(星のや京都の送迎船が帰ってきました。)

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露営の歌を作詞した薮内喜一郎氏は京都市役所に勤務していて、友人の毎日新聞記者・岸田正三氏が提唱して、京都嵐山保勝会と右京区在郷軍人会連合分会が音頭をとって翌年この場所に記念碑が建てられました。(屋形船が出発しました。)

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この歌は、軍歌とはいうものの、3番では「夢に出てきた 父上に死んで還れと 励まされ 覚めて睨むは 敵の空」、4番「笑って死んだ 戦友が 天皇陛下 万歳と 残した声が 忘らりょか」、 

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5番では「戦争(いくさ)する身は かねてから 捨てる覚悟で いるものを 鳴いてくれるな 草の虫」と 戦争に対する率直な気持ちを表現しているのが、大ヒットにつながったといわれています。

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古関裕而は新聞に発表された歌詞を旅行中に見て心を動かされ、依頼されていないにもかかわらず作曲をしたそうです。今日の記事は軍歌の話で終わってしまいましたが、この後法輪寺を訪れました。

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昨日(4月14日)賀茂川沿いの道を歩いてきました。ソメイヨシノはあまり散っていなくて見頃の状態が続いていました。半木の道の枝垂桜は蕾も残っていて、もうしばらく楽しめそうです。

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2017年4月14日 (金)

勧修寺 桜咲く庭園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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先日醍醐寺に行く前に、勧修寺を訪れました。杜若や睡蓮の名所として知られていますが、参道や境内には沢山の桜が咲いていました。

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「勧修寺(かじゅうじ)」は、山号を亀甲山といい、山科・来栖野(くるすの)にある真言宗山階(やましな)派の大本山です。

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平安時代前期の900年、醍醐天皇が若くして亡くなった生母の藤原胤子(いんし)追善のために、東大寺の承俊律師を開山に迎えて創建したのが始まりです。勧修寺の名は、醍醐天皇の祖父・藤原高藤(たかふじ)の諡号からとったものです。山門

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創建以来、皇室と藤原氏にゆかりの深い寺院でした。中門を入って右手の「宸殿」は、江戸時代の1697年に明正院の旧御所から移築された建物で、京都市文化財。宸殿の左から庭園に行きます。

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「臥竜の老梅」 江戸時代に京都御所から移された樹齢300年といわれる白梅で、3代が一つになっています。親は竜が横になった形の根、子は枯れ木の幹が残り、孫は生きていて花を咲かせます。

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「書院」は江戸時代前期の1686年、京都御所の建物の部材により再建され、重要文化財。臥竜の老梅が左手にあります。

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「勧修寺形石灯籠」 徳川光圀が寄進したとされる雪見燈籠。

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書院の前庭から本堂の方に向かいます。境内には沢山の(親切な?)立て看板があります。

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鎌倉時代に後伏見天皇の第7皇子の寛胤(かんいん)法親王が15世住持となり、それ以来近代まで門跡寺院となりました。「五大堂」

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「本堂」(京都市文化財)は、江戸時代に霊元天皇の仮内侍所を移築したもので、醍醐天皇の等身大といわれる千手観音立像を安置しています。

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南北朝時代の1336年に戦火で類焼しましたが、1388年に足利義満が勧修寺八幡宮に田地を寄進して再建されました。

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室町時代の応仁の乱の勧修寺合戦(1470年)によって焼失しました。池のほとりにある「観音堂」は昭和の建築です。

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安土・桃山時代には豊臣秀吉による伏見城築城や伏見街道(後の東海道)の設置によって寺領は縮小され、衰退しました。綺麗な顔立ちの観音菩薩像が祀られています。

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江戸時代の元禄期(1688-1703)に霊元天皇皇子の済深法親王により再建され、以後は徳川家と皇室の援助により復興されていきました。中央の高い木は「千年杉」と呼ばれ、京都の庭園中最も高い杉だそうです。

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ここは、「勧修寺氷室園」といい、「氷室池」を中心とした池泉回遊式庭園で京都市指定名勝になっています。、

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池の周囲を回ります。「この先行かれるのはご自由ですが、大いに危険」と書いてあります。雨で道がぬかるんでいると、池に落ちないように気を付けなければいけません。

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江戸時代に制度化された宮門跡、摂家門跡、准門跡の寺格は廃止されましたが、後に門跡の称号を使うことは許されました。

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ところで、『今昔物語集』には、勧修寺の創建にまつわる説話が書かれています。勧修寺を創建した醍醐天皇の祖父母のロマンスです。

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藤原北家の流れを汲む藤原高藤は鷹狩が趣味でした。ある時鷹狩のため南山階(みなみやましな)に来て、雨宿りのため通りがかった宮道弥益の屋敷を訪れました。(池を巡る道沿いに西国四十八箇所巡りができる石仏が並んでいます。)

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宮道弥益は山城国宇治郡(現山科区)の大領(郡司)でした。勧められるままに弥益の屋敷に泊まった高藤は、その娘の列子に一目ぼれし、一夜の契りを結びます。「弁天堂」

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翌日、鷹狩から帰らぬ息子を心配して待っていた、高藤の父・良門は激怒して、高藤が今後鷹狩に行くことを厳禁してしまいました。(向こうに醍醐の山が見えます。)

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その後、高藤と列子は長らく会うことはできませんでしたが、それから6年後に高藤はようやく列子と再会しました。氷室池の中の島はサギの巣になっています。

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列子には娘がいて、6年前に高藤との一夜の契りで宿した子でした。この娘が、後に宇多天皇の女御となり、醍醐天皇を生んだ藤原胤子です。池を一周しました。(「翠微瀑(すいびばく)」 翠微とは山の中腹のことだそうです。那智の滝のようです。)

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胤子は宇多天皇との間に四男一女をもうけましたが、若くして亡くなってしまいました。でも、子の醍醐天皇が即位したことによって、高藤は内大臣にまで昇進、胤子の兄弟・定方も右大臣となり、同家は(藤原)北家勧修寺流として栄えました。

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観音堂の裏にある弘「法大師像」 その周りに四国八十八箇寺の霊石が敷き詰められていて、それらを踏んで歩けば2分で霊場周りができるそうです。

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勧修寺流には、甘露寺・清閑寺・万里小路・中御門(なかのみかど)・勧修寺・坊城・穂波・葉室・池尻・梅小路・岡崎・芝山・堤の13の家系があり、家職として朝廷の実務を担当する家が多く、弁官や摂関家家司を多く輩出していることで知られています。

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勧修寺流は、この勧修寺を一門の精神的なより所(氏寺)にして、他流派よりも結束が固かったといわれています。

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2017年4月13日 (木)

桜の下鴨神社と高野川の桜並木

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今日の「京都の桜」は下鴨神社の桜と高野川の満開の桜並木です。

下鴨神社の楼門の桜を楽しみにしているので、4日にも訪れましたが蕾は膨らみ始めたばかり。今日は満開かな?・・・と再度訪れたのが9日。
満開を期待していたのですが・・・「3日見ぬ間の桜かな」、楼門前のヤマザクラ、早くも散り始めていました。ソメイヨシノと比べると山桜の開花は随分早いのですね。

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山桜は、野生の桜の代表的な種類で特に「吉野山の桜」として有名です。寿命が長いことから、大木になるものが多いそうです。

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ソメイヨシノなど里桜は、花が咲いた後から葉が出てきますが、

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山桜(ヤマザクラ)は、葉と花がほとんど同時に開きます。

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ソメイヨシノのように密集した豪華な花ではありませんが、可憐な花です。

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塀の苔むした屋根の上に

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西の鳥居にも桜がありますが、かなり葉桜になっていました。

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こちらの桜は御手洗川に架かる輪橋と鳥居の横にあります。

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輪橋の手前には「光琳の梅」

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朱色と桜の花、似合ってますね。

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下鴨神社の境内の桜の木の数は4-5本と少ないです。

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お日柄が良いのか結婚式が何組かおこなわれていました。

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赤い和傘のしたに新郎新婦がおられます。

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-------------ここから高野川の桜並木です-------------

桜が咲きだすと高野川沿いの「川端通り」は桜見物の車が増えて渋滞になります。蓼倉橋から上の方向。(撮影は下鴨神社と同じ9日)

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送り火の「法」の字が見えます。川の飛び石を渡る人々。水温むですね。

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出町柳方向の桜並木。蓼倉橋から下流の桜並木が一番長く綺麗に見えます。

出町三角州で高野川は賀茂川と合流し「鴨川」となって京都の街を流れます。

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高野橋から比叡山を撮影。ここ高野橋から上流の桜の木は下流と比べるとかなり新しいものです。比叡山の桜はまだこれから。比叡山延暦寺の桜まつりはGWの頃です。

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賀茂川の桜も満開でした。またお届けします。

桜満開の頃に天気が悪く風も強かったのですが、寒い花冷えの日もあって京都の桜はまだ持ち堪えています。このブログの桜の京都もまだまだ続きます。

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高野川の桜、木は古いですが、ギッシリついた見事な花を咲かせます。

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2017年4月12日 (水)

千本釈迦堂 本堂とお亀桜

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

枝垂桜が満開の千本釈迦堂に行ってきました。節分の日におかめ節分を見に行ったばかりですが、今日は本堂を拝観するなど境内をゆっくり見て回りました。

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「千本釈迦堂」は、正式名称を大報恩寺(だいほうおんじ)、山号を瑞応山(ずいおうざん)という真言宗智山派の寺院です。

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鎌倉時代前期の1221年、天台宗の義空上人により開創されました。義空上人は藤原秀衡の孫にあたり、19才で比叡山澄憲僧都に師事し、十数年の後にこの千本の地を得て、苦難の末、本堂をはじめ壮大な諸伽藍を建立しました。

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創建時に正式な寺院として四条天皇へ寺格の申請すると、?舎(くしゃ)、天台、真言と三つの宗派の認可を受けて、大勢の参拝者が集まりました。門前には様々な商売をする人も増え、大変賑わいのある寺でした。

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室町時代の応仁の乱(1467-1477)では、西軍の中心地に位置していたためほとんどの伽藍は焼失してしまいました。ただし、本堂だけは両陣営から保護されて奇跡的に焼失を免れました。しかし、山城や播磨などの寺領を失い、以後は衰退しました。

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参道の右手にある「不動明王堂」、山名氏清、山名宗全の念持仏という不動明王尊を祀ります。氏清は南北朝時代の北軍の将、その孫・宗全は細川勝元との勢力争いが応仁の乱の一因となり、西軍の旗頭(総大将)となりました。

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安土桃山時代の1591年、豊臣秀吉によって寺領100石が与えられました。その朱印地は江戸幕府にも引き継がれましたが、江戸時代初期に京都所司代・板倉勝重により真言宗に改宗、智積院に与えられてその住職の隠居所になりました。

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1730年には大火で伽藍が焼失しましたが、本堂だけは類焼を免れました。

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明治初年(1868年)の神仏分離令後の廃仏毀釈により、北野天満宮の仏教伽藍が破却されました。その際、北野経王堂願成就寺(経王堂)が千本釈迦堂に観音堂(太子堂)として移築されました(上下の写真)。

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千本釈迦堂の本堂は、鎌倉初期に建造されてから数々の戦乱や火災にも生き残り、京都市に現存する最古の建造物として国宝に指定されています。Ams_3344a

本堂は、一間四面堂(方三間堂)に前庇と四周に庇を加え、一間四面堂の発展したものとされます。本堂を拝観することにしました。

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拝観受付は本堂の左(西)にあります。

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本堂の内部

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内陣の本須弥檀高御座式の「厨子」(国宝)内に、快慶の弟子・行快作の本尊「釈迦如来坐像」(重文)を安置しています。四天柱内を内内陣とし、来迎壁、須弥檀があり、「天蓋」(国宝)には八葉蓮華文が飾られています。

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四天柱に残る刀や槍の傷跡は、応仁の乱の際のものです。

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この本堂は、長井飛騨守高次という棟梁が総棟梁になり、配下に数百人の大工を従えて采配を振るいました。ところが、尼崎の信徒から寄進された四天柱の一本を30cmほど短く切り落としてしまいました。

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高次は思い悩んでいたところ、妻の阿亀の助言によって、残り3本の柱も短く切り揃えて上部に斗(ます)ぐみを施すことによって無事本堂が上棟(むねあ)げしました。上棟げとは建物の柱や梁などの基本構造が完成することです。

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ところが、高次は総棟梁が妻の助言で大任を果たしたことが知られると、面目が丸潰れになると心配していました。それを知った阿亀は、上棟式の前に自刃してしまいました。(内陣の横の「おかめ人形展」では、奉納された阿亀の人形を陳列しています。)

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上棟式で高次は亡き妻の面を御幣につけ、その冥福と本堂の落成を祈ったといわれています。(いずれの人形も当時の美人の、突き出た額、低い鼻、膨らんだ頬、おちょぼ口をしています。)

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拝観順路には「霊宝殿」も含まれています。ここには、鎌倉時代の1218年に快慶作の「十大弟子像」(重文)、1224年に定慶作の「六観音菩薩像」(重文)、藤原時代初期に菅原道真が庭の梅の木で自刻したという「千手観音立像」(重文)などが安置されています。

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境内に出て枝垂桜の前に来ました。この桜は「お亀桜」と呼ばれていますが、桜の種類ではなく、阿亀さんにちなんで枝垂桜に名を付けたものです。

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高次が妻・阿亀の菩提を弔うために境内に宝筐院塔を建てたといわれています。江戸時代の1718年に、三条通菱屋町大工・池永勘兵衛により新たにおかめ供養塔(宝篋印塔)が建てられ、「おかめ塚」として残っています。

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1979年に建築業者により「阿亀多福像」が建てられました。阿亀さんには、夫婦円満、建築工事の安全、商売繁盛、開運招福、多福招来祈願などの信仰があるそうです。

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現在でも棟上げの際に、おかめの面の付いた上棟御幣を屋根裏に置く慣わしがあります。3枚の扇子を円にして、中央におかめ面を飾り、家宅の火災除け、家内安全と繁栄を願うのだそうです。

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阿亀さんが死んでしまったことは、納得できない女性は多いはずです。それでも、庶民の女性としては珍しく多くの方に信仰されてきたことは、せめてもの供養ともいえます。

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山門の横に「稲荷社」があります。茶吉尼天尊と天上多田稲荷大明神を祀り、鎌倉時代の1250年に2世・如輪上人により、賀茂、春日、石清水、日吉、今宮の五社とともに勧請したとされています。

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ここにはソメイヨシノも咲いていました。

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2017年4月11日 (火)

伏見 十石舟と桜の濠川 長建寺も 

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は酒蔵の街・伏見の濠川沿いの桜と十石舟、春の長建寺をお届けします。やはり花曇りのぼんやりした空の元、散り始めた桜の花びらが濠川に浮かんでいます。

その中を十石舟が運航しています。

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二艘ロープで繋がれている十石舟はいつもここに置かれています。

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ここの桜並木がそれは見事、

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幻想的にさえ思えます。

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月桂冠の大倉酒造の後ろを流れる濠川です。

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伏見の濠川といえば柳。そして春は桜、初夏からは紫陽花。四季美しい風景です。

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大倉記念館は「酒蔵の街・伏見」の象徴の一つ、中の見学、試飲も出来ます。

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すでに花びらはかなり落ちて水面を覆っています。

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昨夜も風がきつかったです。今日はもっと水面は薄いピンクで覆われていることでしょう。

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桜の花びらに交じってしだれ柳の花も浮かんでいます。

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ここから濠川を見下ろす風景が好きで来ると必ず撮っています。

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十石舟は向こうの橋を超えて進んでいきます。柳も枝を伸ばし、緑鮮やかな葉を付けてきました。橋のたもとは三十石舟の船着き場になっていますが、、、(三十石舟の運航は最近見たことがありません)

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「龍馬とお龍、愛の旅路の像」の向こうに紅枝垂れが

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柳の若い緑色が鮮やか、手前の紅枝垂れも今が盛りです。

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濠川の上の道を十石舟の船着き場に戻ると、前に長建寺があります。長建寺は糸桜に始まり、黄桜、ぼたん桜へと桜の名所でもあります。

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「糸桜」はすっかり花を落としていましたが、これからは八重の美しいぼたん桜です。

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「黄桜かっぱカントリー」の黄桜を見てきましたが、蕾はやっと膨らんだばかりというところでした。脇の大きなソメイヨシノは満開でした。

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2017年4月10日 (月)

満開の桜 哲学の道 2017 桜

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

時折り小雨も降る7日、せっかく満開を迎えたのにうっとおしい空模様でしたが、哲学の道は溢れるばかりの人々で賑わっていました。

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哲学の道の桜は「関雪桜」(かんせつざくら)ともよばれるそうです。
これは大正時代の京都の画家・橋本関雪と、妻のヨネさんが大正11年に京都市に360本寄贈した桜の苗木を、京都市が哲学の道沿いに植えたことからそう呼ばれ親しまれています。

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ここはちょうど橋本関雪記念館の「白沙村荘」の前あたりです。

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関雪桜は当初の木はほぼ樹齢が尽きたと思われますが、植え替えられ、手入れされ現在に至っています。

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今日にはきっとこの疏水の水面には散り落ちた桜の花筏が列をなしていることでしょう。

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「哲学の道」は哲学者・西田幾多郎がこの道を散策しながら思索にふけったことからこの名がついたと言われています。

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「思索の小径」と呼ばれていたものが、いつしか「哲学の道」と呼ばれるようになったとされ、「日本の道100選」にも選ばれている散歩道です。

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哲学の道は銀閣寺橋から南の熊野若王子神社まで、1.8キロ続きます。疏水端の細い道にはかつての市電の敷石が用いられています。

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黄色いレンギョウの花と白鷺、

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まさに満開のソメイヨシノ

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水面に可愛い花です。

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ユキヤナギも真っ盛り

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こちらは見事な枝垂桜が満開を迎えています。

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「銀意匠」さん、木と漆のお店です。

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2階が喫茶になっていて、外の枝垂桜が・・・

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額縁に入った絵画のように見えます。

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哲学の道を歩く人々が桜の花の隙間から見えます。

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そして、、、枝垂桜を上から見下ろすことに。なかなか面白いものです。

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青空の元の桜を見れなくて少し残念な京都の満開の桜風景です。「桜の京都」まだまだ続きます。

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雨のしずくが重いのか?、それともこのように開き切らない花なのでしょうか?、(この時はまだ雨は降ってませんでしたが。)

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京の川 鴨川 桂川 高野川 |  2 京大・界隈 |  2 京都の眺望 |  2 京都御苑 御所 Imperial Palace |  2 他府県 |  2 仙洞御所 |  2 伏見 御香宮神社 |  2 伏見 稲荷 藤森 鳥羽 |  2 伏見稲荷大社 摂社 |  2 会席 甘党 |  2 八瀬 岩倉 修学院 宝ヶ池 |  2 出町 三角州 川端通り |  2 北野天満宮 上七軒 平野神社 他 |  2 博物館~六波羅蜜寺 大和大路 |  2 吉田山 散策 |  2 周山 美山 北山 京都北部 |  2 地蔵 鐘馗 名水 絵馬堂など |  2 大文字山 五山送り火 |  2 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 |  2 寺町通り (出町から北) |  2 平等院 |  2 御室 仁和寺 |  2 御所界隈 梨木神社 蘆山寺 他 |  2 智積院 |  2 東大路通 丸太町通 聖護院 |  2 東山七条 三十三間堂 |  2 松尾大社 梅宮神社 苔寺 |  2 植物園 北山 |  2 比叡山 延暦寺 |  2 清凉寺(嵯峨釈迦堂)と界隈 |  2 清水寺~高台寺 八坂の塔 |  2 滋賀県 福井県 奈良県など近県 |  2 知恩院と界隈 |  2 空 鳥 猫 犬 |  2 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  2 西本願寺 |  2 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  2 蹴上まで |  2 車窓から |  2 近代建築 |  2 銀閣寺 |  2 青蓮院 将軍塚 |  2 鞍馬 貴船 |  2 高台寺 圓徳院 |  2 龍安寺 等持院 |  3 ねねの道 八坂神社 石塀小路 |  3 三条 四条 木屋町 新京極 |  3 京の川 |  3 京都駅界隈 壬生 他 |  3 伏見 稲荷 藤森 鳥羽 |  3 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  3 八瀬 岩倉 修学院 宝ヶ池 |  3 出町 三角州 川端通り |  3 北野天満宮 上七軒 平野神社 他 |  3 南禅寺 塔頭 水路閣 |  3 博物館~六波羅蜜寺 大和大路 |  3 吉田山 散策 |  3 哲学の道 寺院 |  3 哲学の道 疏水沿いの道 |  3 大原 宝泉院 勝林院ほか |  3 大徳寺 今宮神社 船岡山 |  3 大覚寺 大沢の池 |  3 天龍寺 塔頭 |  3 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 |  3 寺町通り (出町から北) |  3 岡崎公園 岡崎疏水 |  3 平安神宮の四季 |  3 建仁寺 塔頭 |  3 御所界隈 梨木神社 蘆山寺 他 |  3 智積院 |  3 東大路通 丸太町通 聖護院 |  3 東寺 塔頭 界隈 |  3 東山七条 三十三間堂 |  3 植物園 北山通り |  3 比叡山 延暦寺 |  3 清水寺の四季 |  3 清水寺~高台寺 八坂の塔 |  3 真如堂の四季 |  3 空 犬 猫 鳥 |  3 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  3 西山 大山崎 大原野 |  3 西陣 市中 |  3 西陣 白峰神宮ほか |  3 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  3 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  3 近代建築 |  3 青蓮院 将軍塚 |  3 鞍馬 貴船 |  3 食事 懐石 甘党 |  4 三条 四条 木屋町 新京極 |  4 上賀茂神社 深泥池 他 |  4 下鴨神社の四季 |  4 京の川  |  4 京都駅 界隈 |  4 伏見 稲荷 藤の森 鳥羽 |  4 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  4 八瀬 岩倉 修学院 宝ヶ池 |  4 北野天満宮 上七軒 平野神社 他 |  4 南禅寺 塔頭 水路閣 |  4 吉田山 散策 |  4 大覚寺 大沢の池 |  4 天龍寺と塔頭 |  4 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 |  4 宇治 |  4 岡崎公園 岡崎疏水 |  4 嵐山 渡月橋 保津川 |  4 嵯峨野 鳥居本 |  4 平安神宮の四季 |  4 建仁寺 塔頭 |  4 御所(御苑) 界隈 Imperial Palace |  4 比叡山 延暦寺 |  4 泉涌寺 その界隈 |  4 真如堂の四季 |  4 空 犬 猫 鳥 |  4 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  4 西陣  |  4 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  4 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  4 鞍馬 貴船 |  4 食事 懐石 甘党 |  5 下鴨神社の四季 |  5 京の川  |  5 伏見 酒蔵 濠川 |  5 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  5 南禅寺 塔頭 水路閣 |  5 吉田山 散策 |  5 宇治 |  5 嵐山 渡月橋 保津川 |  5 嵯峨野 北嵯峨 鳥居本 |  5 御所(京都御苑) 四季 |  5 真如堂の四季 |  5 空 犬 猫 鳥 |  5 糺の森 河合神社 |  5 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  5 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  5 醍醐 山科 |  6 下鴨神社の四季 |  6 京の川  |  6 吉田山 散策 |  6 嵯峨野 北嵯峨 鳥居本 |  6 御所(京都御苑) 四季 |  6 東福寺 塔頭 |  6 糺の森 河合神社 |  6 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  6 醍醐 山科 |  7 下鴨神社の四季 |  7 京の川 |  8 京の川 | おみくじ お守り | ご挨拶 | その他 | 一休寺 京田辺市 | 京都めぐり 1 | 京都めぐり 2 | 京都めぐり 3 | 京都めぐり 4 | 京都めぐり 5 雪特集 | 京都めぐり 6 | 京都めぐり 7 | 光明院の四季 1 (東福寺・塔頭) | 光明院の四季 2 (東福寺・塔頭) | 嵯峨野 竹林 1 | 携帯・デジカメ | 松ヶ崎疏水 春秋 | 滋賀県 琵琶湖 福井県など近県 | 石峰寺 (五百羅漢・伊藤若冲) | 祇園祭 2009 2010 | 祇園祭 2011 | 祇園祭 2011 2  | 祭 行事 ライトアップ 冬 1 | 祭 行事 ライトアップ 冬 2 | 祭 行事 ライトアップ 冬 3 | 祭 行事 ライトアップ 夏 1 | 祭 行事 ライトアップ 夏 2 | 祭 行事 ライトアップ 夏 3 | 祭 行事 ライトアップ 夏 4 | 祭 行事 ライトアップ 夏 5 | 祭 行事 ライトアップ 夏 6 | 祭 行事 ライトアップ 春 1 | 祭 行事 ライトアップ 春 2 | 祭 行事 ライトアップ 春 3 | 祭 行事 ライトアップ 春 4 | 祭 行事 ライトアップ 秋 1 | 祭 行事 ライトアップ 秋 2 | 祭 行事 ライトアップ 秋 3 | 祭 行事 ライトアップ 秋 4 | 祭 行事 ライトアップ 秋 5 | 花の京都 初夏 1 | 花の京都 初夏 2 | 花の京都 初夏 3 | 花の京都 初夏 4 | 花の京都 初夏 5 | 花の京都 初夏 6 | 花の京都 初夏 7 | 花の京都 夏 1 | 花の京都 夏 2 | 花の京都 夏 3 | 花の京都 夏 4 | 花の京都 夏 5 | 花の京都 新緑 青もみじ 1 | 花の京都 新緑 青もみじ 2 | 花の京都 春 1 | 花の京都 春 2 | 花の京都 春 3 | 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